はじめに

「日本茶の30人」とは、日本茶の未来を創造する30の革新者を集めるプロジェクト。
全国で活躍する革新者たちを集めるため、農林水産省ならびに日本茶業体制強化推進協議会(事務局:公益社団法人 日本茶業中央会)の多大なるご支援の下、関係各者のご協力により、2024年2月、ついに公開することができた。

高齢化、消費の減少など、課題だらけのお茶の世界において、需要拡大は緊喫の課題だ。そのような現状の中、お茶の可能性を広げる30の革新的な取り組みを紹介する。

日本にお茶がもたらされたのは800年以上の昔。それだけにお茶は、私達の生活に溶け込み、水や空気のように、あって当然の存在となっている。

また1990年代のペットボトル茶の登場や2000年代の世界的な抹茶の人気など、お茶をめぐる情勢は今も変化し続けている。

しかしグローバル化、ライフスタイルの多様化などさまざまな要因で、この40年間、お茶の消費は減少しつづけている。そして茶産地では、生産者の減少、高齢化、茶の卸価格の下落、燃料・資材の高騰などにより、耕作放棄される茶畑が増えている。

このままでは私達が大好きなお茶が飲めなくなってしまう未来が来るのかもしれない。

このような現状を打開すべく、全国各地でさまざまな革新的な取り組みが試みられている。そして、それによる変化のきざしも生まれている。

今回、「日本茶の30人」では、そのような全国各地でのさまざまな革新的な取り組みの中から、30の革新者を選出し、その現場と背景を紹介する。

■選出方法

まず、言い訳がましい話ではあるが、本プロジェクトは、今回が初回であり、「30の革新的な取り組みをどこから、どのように選出するか」という作業に半年以上の時間を要した。

 現在、お茶にかかわる事業者は、個人と法人を合わせて国内に2万5千以上あると言われている。
 当初、この中から、革新的なプロジェクトを選出しようと試みた。しかし、このアプローチは適切ではなかった。

革新とは、業界の内部で生まれるケースもある。
しかし大半は、業界の辺縁で生まれ、これまでなかった需要を生み出し、広げ、中心を移動させ、そしてついに「革新的」な取り組みとして迎え入れられる。

例えば、食品加工用抹茶という需要は、抹茶ラテや抹茶スイーツが生み出している。それらは、喫茶店やスイーツショップで生み出された革新であって、業界内で生み出されたものではない。
つまり辺縁で生まれる革新を探すには、辺縁の外側、つまり他の業界にまで視野を広げる必要がある。

また革新は時間軸を持っていて、変化とも言える。例えば、栄西は茶のタネを日本に持ち帰り、千利休は茶の湯を大成し、売茶翁は煎茶を庶民に広めた。
これらは当時まちがいなく革新的であっただろう。しかし今となっては、伝統や歴史であって、革新ではない。

前述のペットボトル茶の発明や抹茶スイーツでさえ、ここで「日本茶の30人」として取り上げるには、「今さら感」が否めない。

つまり、ここで取り上げるべき革新は、うねりを生み出す直前の革新であり、すでに大きなトレンドを生み出している革新では、「時すでに遅し」だ。

また未来は誰にも予測できないので、そのうねりが一過性で終わったり、うねりが起きるまでに時間がかかるケースも想定される。

以上を踏まえ、検討の結果、このような革新性を持つ革新者を探し出すために、以下の4つのポイントを勘案し、SNS、AI(ChatGPTなど)を活用し、まず100の候補者探しを行なった。この中から、直接又はZoomによる面談などにより、さらに詳しいお話をうかがい、30人の革新者を選出した。

その4つのポイントとは、

1.高めると広げる
2.茶✕〇〇
3.バリュー(価値)とマネタイズ(換価)
4.トレンドと事業ステージ

の4つである。

■「高める」と「広げる」

まず革新には、大きく分けて2軸のベクトルがある。その2つが「高める」と「広げる」だ。

この二つのベクトルは実際はからみ合っている。現場において、常に高めながら広げ、広げながら高めていくので、分けること自体、困難だ。

「高める」とは、さらに高みを目指して革新してゆく方向性である。そして「広げる」とは、その領域のすそ野を広げる方向性だ。

ある商品やサービスが人気を博すと、競合が参入してくる。競合が増えると市場が誕生し、市場ができると評価が生まれる。

市場が広がっている時点では、市場での評価を「高める」ことが最善策である。しかし市場が広がらないまたは縮小している時点では、市場での評価は、競合との競争にすぎず、それによりさらに市場自体が縮小していくという悪循環に陥るケースもある。

ガラケーや高機能な家電に代表されるように、日本では「高める」ベクトルに邁進するケースが多い。お茶のような伝統産業においてもその傾向は強いといえる。

その反対に「広げる」は、市場や競合がない新たな領域を広げるベクトルだ。ここには競合との競争は存在しない。しかし顧客の評価が伴わなければ、単なる自己満足でしかない。

また「広げる」と薄まる。そのため「ひろげる」の中心にいる革新者は、薄まっては、それ以上広がらないので、さらに濃度を「高める」必要がある。

その際の「高める」は、業界の中心で高みを目指すことにも似ている。しかし「広げる」ベクトルを持つ革新者たちは、広げるために、高めているので、そもそも目的が異なる。

簡単に言えば、競争が自己目的化(例えば、「優勝する」「上位に入る」など)していないので、競合に打ち勝つためではなく、まだ見ぬ顧客を魅了することを目的に高めていると言える。

今回の「日本茶の30人」では、この「高める」と「広げる」の2軸でいうと、お茶の世界に新たな領域を「広げる」革新的な取り組みを紹介している。

■茶✕〇〇

そして、「高める」と「広げる」の2軸のベクトルを当てはめる領域をどのようにして想定するか?について、今回、「お茶✕〇〇」という手法を取った。

お茶✕〇〇とは、お茶と異分野である〇〇をかけあわせ、新たな領域の広がりを模索した。

今回は、以下のような30の〇〇(異分野)とお茶との掛け合わせを選出した。

これまた言い訳がましい話だが、〇〇と一言で表現できないのがまさしく新領域であり、革新そのものである。そのため上記の茶✕〇〇という単語(切り口)で、新領域を記述しようと試みているが、その〇〇自体が、異分野を正確に表現しているとは甚だ言えないのが残念である。(読者には、そこを読み解いていただけることを期待している。)

■バリューとマネタイズ

バリュー(価値)とマネタイズ(換価)。

多くの経済的な課題は、価値(バリュー)が十分に換価(マネタイズ)されていないことにより発生する。茶業において需要拡大が叫ばれる背景には、この課題が横たわっているからだ。

バリューとマネタイズの話題で、わかりやすいのが、ゴッホとピカソの例だ。この二人の芸術家は、バリューをいかにマネタイズしたか?について対照的だ。

ゴッホは、生涯で2000点もの作品を残したが、生前に売れた絵は、たった一枚。その価格は400フラン(現在価格に換算して十数万円)。一生貧乏だった。

対してピカソは、15万点以上の作品を残し、芸術家として経済的にも成功し、晩年には7500億円以上の資産を築いた。

需要拡大が叫ばれる茶業界は、生産の現場から茶室に至るまで、業界全体がゴッホとピカソの話のように、その価値(バリュー)が十分に換価(マネタイズ)されない状況が続いていると言える。

ただ現場において難しいのが、商品やサービスのバリューがマネタイズできる状態になっていたとしても、望む結果が出るまでには通常、時間とたゆまぬ改善が必要だからだ。

今回の「日本茶の30人」の選出においても、バリューがどこまでマネタイズできる状態になっているか?という点について、勘案した。

ただ「マネタイズ」自体を最重要な評価ポイントとはしていない。

「日本茶の30人」の持つ価値が、読む人にとって何らかの示唆や発見になることを最重要視している。そのため、バリューが必ずしもマネタイズできる状態になっていない革新も、今回ご紹介している。

■トレンドと事業ステージ

前項のバリューとマネタイズに関連するが、商品やサービスが評価され、市場が拡大する背景には、トレンド(流行)と提供者の事業ステージの影響も大きい。

お茶✕〇〇という革新領域全体が、トレンド(流行)の波に乗ると、競合が現れ、市場が形成される。

最近だと、抹茶スイーツなどがトレンドに乗った好例である。健康志向、チョコ味やイチゴ味ではない新しい風味(フレーバー)を求めるトレンドに抹茶がうまくハマり、ブームとなり、競合が次々と誕生し、世界的な市場が形成されつつある。

また商品やサービスの提供者の事業ステージがトレンドとともに上がるか?というのも提供者単体で見ると、とても重要なポイントである。

好例は、1990年に発明されたペットボトルのお茶である。

ペットボトルのお茶は、(株)伊藤園が発明し、市場を牽引し、30年以上経った今でも伊藤園が業界NO.1である。

提供者の事業ステージが市場規模とともに上がり、市場とともに成長できた好例である。

このような事例は、今まさに革新を試みる革新者にとっては、一つのゴールといえる。しかし、このようにトレンドと革新者の事業ステージがうまく合致することは、現実には稀である。

革新がトレンド(流行)にならないことも多ければ、たとえ流行したとしても、革新者がその中心に居続けるのは至難の業である。

今回の「日本茶の30人」では、30の茶✕〇〇という切り口で、革新的な取り組みを紹介している。

しかし、その取り組みが「どのくらい流行に乗る直前か?」、「革新者自身の事業ステージがどのくらいか?」、また、「革新的な商品やサービスのバリューはマネタイズできる状態か?」については、かなり差異が大きいことも補足したい。

■誰に読んでほしいか?

この「日本茶の30人」は、これから「日本茶を革新してくれる人」、つまり「観察者ではなく、挑戦者」、「中心ではなく、辺縁にいる人」に読んでほしいと考えている。そういった未来の「日本茶の30人」にとって、示唆や発見となるように企画・構成している。

 まだ茶業に関わっていない人、茶業に関わっていたとしてもメインストリームにいない人が興味を持って、または検索してヒットし、読み進めてくれることを願っている。

冒頭が長くなってしまったが、ぜひ本編を読み進めてほしい。

■30の革新一覧