《茶✕DNA》「スマート育種」で10年が2年!?DNA情報活用で、個性あふれる新品種が思い通りに。【静岡大学/ 一家崇志】

やぶきた、つゆひかり、さえみどり、せいめい。

これらはお茶の品種の名前だ。最近のシングルオリジン(単一品種)ブームにより、これらのお茶の品種名を聞いたことがある人も多いかもしれない。

ほかにも花粉症に効果がある「べにふうき」やアントシアニン成分が豊富な「サンルージュ」など機能性のある品種も登場し、お茶の新品種に対して期待が高まっている。

そのような中、動植物の品種改良に欠かせないDNA情報の活用技術がお茶の世界にも応用されつつある。

その背景には、1990年代のIT革命、2001年のヒトの全ゲノム解析完了などにより、DNA解析技術への注目と投資が集まり、2007年半ばにはこれまでの100倍以上の速度を持つDNA次世代シーケンサー(NGS)が登場したことが挙げられる。次世代シーケンサーの登場によりゲノム解析にかかる時間とコストが格段に小さくなり、DNA情報を活用した技術やサービスが次々と生まれている。

そして2020年、「茶樹のDNA解析で得た遺伝情報により、カテキンやカフェインなどの機能性成分を予測する世界初の技術」が開発された。これによりこれまで十年以上かかっていたお茶の品種改良が格段に早まり、オーダーメイドによるお茶の品種改良の可能性の扉が開かれた。

この技術を開発した、静岡大学農学部応用生命科学科 一家 崇志 准教授に「お茶」✕「DNA」の可能性について、お話を伺った。

一家崇志(いっか たかし)
1980年11月生まれ(福井県出身)
2008年に岐阜大学大学院連合農学研究科を修了(博士(農学))。2009年に(独)農業生物資源研究所特別研究員を経て2010年に静岡大学農学部助教、2017年より静岡大学学術院農学領域准教授。2022年11月に静大ベンチャー企業Aoi Gin Craft Technology株式会社代表取締役CEO、2024年1月よりS-Bridges株式会社取締役CBO (Chief Bioeconomy Officer) に就任。植物栄養学や植物分子遺伝学を専門とし、チャやワサビをはじめとする様々な植物の生理機能解明研究に従事している(はず)。

おいしいお茶を短期間でつくる、待望の技術「スマート育種」

Q:一家先生が取り組んでいる「DNA情報を活用したスマート育種」について教えてください。

一家:お茶の場合、育種(交配によって、人間にとってメリットのある新たな植物をつくりだすこと)に時間がかかるという課題があります。

たとえば稲だと、交配すると40日ほどで実がなります。それをまた植えれば、2〜3カ月程度で1世代回せるんですね。個体サイズもそれほど大きくないので場所も必要ない。だから、スピーディーに育種することができる。

一方、お茶は、交配して実がなるまでに1年かかります。それを植えて、次の世代を育てて製茶をし、新しい種の味がわかるまでの期間がおよそ5年。「これは成功だ」「全然ダメだ」などと判断できるまでに、長い時間がかかってしまいます。樹木なので栽培するための面積も必要。だからとても大変なんです。

スマート育種photo by 国際日本茶協会
ところが、DNA情報を活用すると、そのお茶の個性・未来が予測できます。予測が立つとエリートな個体だけを選抜して茶畑に展開できるから、品種育成までの時期を短縮でき、栽培する面積も少なくてすむ――。これが僕たちの技術です。

この研究が進めば、生産者の方の要望に応えることも可能になります。香りや味、病害虫の抵抗性、肥料の吸収特性、木の大きさ、光合成のしやすさ――など、様々な観点からリクエストをもらい、それを反映した育種、つまり、オーダーメイド型の育種ができるようになるんです。「少ない肥料で大きく育ってくれる」「農薬をあまり使わずに済む」といったリクエストも出てくるでしょう。

国際学会国際学会(International Conference on Green Science and Technology)で研究発表をする一家先生(photo by 一家崇志)

Q:DNAを扱うとなると、遺伝子組み換えの話題にもつながるのですか?

一家:そうですね。遺伝子組み換えやゲノム編集などといった技術による育種は、今後10年以内に、茶業界でも普通に行われるようになるでしょう。

それでも、日本人が遺伝子組み換えをしたお茶を喜んで飲むかというと、おそらくそうはならないはず。結局、主流となるのは従来と同じ交配ベースの育種だと考えます。

ただ、育種の進め方は変化するでしょう。がむしゃらに交配させるのではなく、「この種とこの種を交配させることで、どのような個体ができるか」をシミュレーションできるようになり、育種の効率が上がるはずです。

Q:どういった経緯で、この研究をされることになったのでしょうか?

一家:もともとは植物栄養学や植物分子遺伝学を背景に研究活動していました。2008年に岐阜大学で学位を取ったのち、つくばにある「生物研」(旧農業生物資源研究所、現農研機構)で1年間、ポスドク(博士研究員)をしました。

生物研で主に扱っていたのは水稲です。そこから、お茶の研究の第一線で活躍されている森田明雄教授と同じラボで研究することになったことから、お茶の研究に足を踏み入れました。2010年のことです。

当時、お茶の知識はまったくありませんでしたが、それまで取り組んできた研究との相性がよく、新たな分野にもすんなり入っていけました。

そこから「お茶栽培による環境への負荷を軽減したい」「もっと個性的な新品種をつくりたい」といった課題を解決すべく研究を進めてきた中で、DNA情報を活用したスマート育種へとつながるアイデアが出てきました。現在一緒に仕事をしている山下寛人先生の存在も大きいですね。彼は本当に優秀。ビックリしちゃうくらい。

Q:研究を進める中で、どのような苦労がありましたか?

一家:DNAを活用して育種する際には、当然ながら、DNA情報を解析する必要があります。ですが、当時お茶のDNA情報はまだ十分に解読されておらず、データベースやリソースが揃っていなかったため、ゲノム科学的な実験は非常に困難な状況でした。

チャノキの全ゲノムサイズはヒトゲノムと同等レベルということもあって、解析には少なくとも1億円、多ければ10億円ほどもかかることがわかり、研究はなかなか進みませんでした。

状況が一変したのは、新技術が開発され、DNA解読のコストが大幅に下がったタイミングです。さらには、静岡県の茶業研究センターにすばらしいリソースがあることがわかり、一気に研究が進みました。その後も静岡県からの多大なご支援をいただいたおかげで、研究はいい方向に進んでいます。

Q:ベンチマークやライバルはいますか?

一家:特定の誰かを参考にしたり、その人になりたいと思うことはほとんどありません。「みんなそれぞれおもしろい」と考えているからです。それに、誰かを目指すとその人の二番煎じになってしまいそうですから。

各人がそれぞれおもしろいと信じることをやっていればいいし、ライバルを意識するとプレッシャーや妬みが生まれる気もするので、あまり考えないようにしていますね。

Q:一家先生にとって日本茶とは何ですか?

一家:難しいですね。他の方はなんと答えているんですか?……そうですか、「家族です」と言った方もいるんですね。

僕の場合、全然家族ではないですね(笑)。「ただの友だち」くらいでしょうか。お茶という研究対象に出会った、その運命を素直に受け入れています。

ただ、研究対象としては、ライバルが少ないからこそできることもあるので、「どっしり構えていろいろなことにチャレンジしてみようかな」と考えています。

Q:一家先生にとって、日本茶を扱う難しさはどんなところにありますか。

一家:こちらの希望や指示をまったく聞き入れてくれないことです。思ったとおりに育たないし、その原因もわからない。コントロールできないという点では、僕の2歳5カ月の息子と同じですね(笑)

「ここにしかないお茶」「自信を持って売り出せるお茶」をオーダーメイドで実現したい

Q:スマート育種事業の魅力と、この事業を通して実現したい未来をお聞かせください。

一家:この事業の魅力は、個性あふれる、ありきたりではないお茶を作り出せることです。

ですから今後は、生産者さんの「こんな味・香りのお茶が作りたい」といった希望をオーダーメイドで叶える育種がしたい。そうして「ここにしかないお茶」を作っていければおもしろいなと思います。

歴史や文化的な背景も絡めつつ、生産者さんたちそれぞれの思いやストーリーをお茶に込めて発信できるようになれば、日本茶はもっと底上げできるはず。また、産地によってコーヒーの味が違うように、日本茶も「○○産のお茶はこんな味がするよね」といった特徴づけができます。

このアプローチにおいては、ワインも参考になるでしょう。ワインには当たり年と外れ年があって、生産者側も「今年の出来」を楽しんでいます。お茶でも同様のことができるんじゃないでしょうか。

サンプリング遺伝資源のサンプリングの様子(photo by 一家崇志)

Q:そんな未来において、一家先生はどのような役割を担いたいですか。

一家:少なくとも僕は表に立とうとは思いません。スマート育種という技術を使って、生産者さん側の「こんなお茶を作りたい」を実現するお手伝いをする。いわば、ただスパイスを振りかけるだけの役割です。

これからの時代、他の商品と同様、お茶も無個性のものは売れなくなるでしょう。その結果、耕作放棄されてしまう茶園も出てくると思います。

だから、生産者さん側が作りたいお茶を明確に描き、それをスマート育種で実現させて、「うちのお茶はこんなお茶です」としっかりアピールする。しっかりアピールされたお茶はしっかり売れて、しっかり収入がある……。

このサイクルがちゃんと回れば、また次の挑戦にも意欲的になれるはずです。そのサイクルを僕たちがお手伝いして、日本のお茶生産者が豊かになり、日本茶業界全体がおもしろくなっていったら最高だと思います。

「若者任せ」にも「ムラ社会」にもしない。すべての世代が一丸となって茶業界を盛り上げていく

Q:今後挑戦したいことはありますか?

一家:お茶には「在来種」、つまり昔から存在している個体もありますよね。僕は在来にこそ未来があるんじゃないかと考えています。

山の中にポツンと潜んでいる在来種には、潜在能力があるのに、見過ごされている。そこで、僕たちの技術を使ってゲノムを調べれば、どのような味か、どのように育つかをシミュレーションできて、「これはおもしろい個体だ」「このゲノムはどの個体にも存在しない貴重なものだ」といったことがわかります。ワクワクしませんか?

現在も国内の在来種を調べているのですが、例えば、新潟や秋田の在来種のゲノムは他の地域のものとちょっと違うんですよ。それはおそらく、寒さに耐性を持った個体だけが生き残っているということでしょう。高知県の山茶もとても個性的。こういう情報も育種に活かせそうですよね。

サンプリング遺伝資源のサンプルをたくさん手に入れて嬉しそうな学生さん(photo by 一家崇志)

Q:茶業界の未来はどんなふうになっていくと思いますか?

一家:これまでとは違って、確実に飛躍していくと思います。

ただ、「若い人の力が必要だ」なんて無責任でくだらないことは言わずに、すべての世代の人が同じように取り組んでいく必要があると考えています。

一家先生遺伝資源のサンプリングのため富春園へ。住職に促され、「茶祖」と呼ばれる栄西禅師が座禅したとされる座禅石で当時に思いを馳せる一家先生。(photo by 一家崇志)
いろいろな人がそれぞれに日本茶の未来について考えて、これまでの関わりとか背景を抜きにして、どんな人も排除することなく、一緒になって取り組んでいく。

「ムラ社会」のように閉鎖的で、お茶を囲い込むことはしない。絶対に安売りもしちゃいけない。幸せなビジョンを思い描きながらお茶を作る、これこそが茶業界を発展させるために必要な姿勢ではないでしょうか。