《茶✕茶室》「茶室」をかついで、世界中の街や自然へ「茶の世界」を広げる。原点回帰の茶室「帰庵」。【稲井田将行・戸田惺山住職】

「茶室」。

「茶の湯」という総合芸術の集大成といえる空間、「茶室」。「茶室」という名前は広く知られている一方、大半の人にとって「茶室」は、その空間に足さえ踏み入れたことのない「聖域(サンクチュアリ)」だ。コーヒーと違って、「お茶はタダ(無料)」が当たり前なのに、その空間(茶室)は聖域という、相反性がお茶の魅力であり、矛盾だろう。

今回、ご紹介する竹の茶室「帰庵(きあん)」は、ミニマルでモバイル性を究極に高めた茶室である。この茶室の総重量は、わずか5.5kg。担いで山も登れるし、飛行機の預け荷物として海外にも持ち出し可能だ。

茶室に庭をわざわざ設けて自然を再現するのではなく、自然の中に茶室を持ち出し、庭にできる。必要最低限の竹材だけで造られたこの建築物は、極めて質素で不完全。しかし不完全こそが「侘び(わび)」の美学が宿る空間だ。

世界じゅうの街や自然に聖域だったはずの茶室をかついで持ち出し、茶の世界を広げているお二人、「帰庵」の考案者・稲井田将行さんと京都・大徳寺大慈院住職の戸田惺山さんに、お話を伺った。

稲井田将行(いないだまさゆき)
1976年 大阪府豊中市生まれ 京都市在住。同志社大学を卒業後、精密機械メーカーを経て、自然と共存した数寄屋建築の魅力に惹かれ、建築の道へ。大本山大徳寺御用達の株式会社山中工務店へ。茶室などにみられる侘び寂び(わびさび)の独特な空間美を世界に伝える為に、一人で持ち運び、組み立てができる竹の茶室「帰庵」をつくる。世界各地で帰庵を建て、自然を感じながらお茶を楽しむ活動をしている。
戸田惺山(とだせいざん)
1967年 京都市生まれ 大徳寺大慈院住職。同志社大学卒。会計事務所に勤務後、仏の道へ。天龍寺、大徳寺の僧堂で5年半の修行生活をおくる。フランス、ドイツでも座禅指導や教会で読経をする。山歩きが好きで、自然を感じながらお茶を楽しめる帰庵でお茶を点て、日本の四季を楽しんでいる。

外でお茶飲んだほうがもっとおいしいんじゃないか。そんな発想から生まれた竹の茶室「帰庵」

Q:「帰庵」の構想のきっかけをお聞かせください。

稲井田:僕は普段仕事でも室内の茶室を造っていますが、造る度に「この室内でお茶を飲んでおいしいのだろうか」と度々思うことがありました。
kian-inaida-san帰庵を肩に担ぐ稲井田さん

部屋の中で食べるおにぎりより、自然のなかで食べるおにぎりのほうがおいしく感じたりするじゃないですか。お茶も同じではないかと思ったんです。

自然の中でお茶が飲めるといいなと思ったのがいちばん最初のきっかけです。

Q:はじめて稲井田さんから「帰庵」の構想を聞いたとき、戸田さんはどんな印象をもたれたのでしょうか。

戸田:私はおもしろいなと思いましたし、自然のなかでお茶を飲むということをやってみたいと思っていたんですよね。

「市中の山居」というのがお茶の考えにあります。まちなかで生活をしていても、その生活の中に自然を取り入れようとすることです。

kian-todasan-01大徳寺大慈院の茶室でお茶を点てる戸田住職

大徳寺にも茶室がありますが、建物のなかに茶室があり、自然は要素として外から持ってくるというのが一般的だと思うんです。外からお花をもってきて、それを生けたりだとか。

稲井田さんは自然に自分たちが寄っていけばいいじゃないかと。

普通とは逆転の発想がおもしろくて、ご一緒することにしました。

Q:竹の茶室を「帰庵」と名付けた由来について教えてください。

稲井田:原点回帰の「帰」という文字からとって「帰庵」と名付けました。

hydepark in londonHyde Park(ハイドパーク)にてお茶を楽しむ稲井田さん (イギリス・ロンドン)
僕の「原点回帰」の解釈は、人間は自然の一部だと思っているので、お茶を飲むときだけでも“自分は自然の一部である”という意識を持ってもらえたらいいなと思いました。

Q:竹の茶室という形にはどのように辿り着いたのでしょうか。

稲井田:戸田さんにいただいたリクエストの一つが1人でも持ち歩けると言うことでした。僕もローマへ行きたかったので、海外に茶室をもっていくためには軽くないといけない。

軽くするためには色々なものを削ぎ落としていく必要がある。しかし、茶室には決まったサイズがあります。今回「帰庵」を造るにあたって基準としたのは国宝である待庵(たいあん)と同じ規模の2畳です。2畳は1910mm×1910mmの正方形なのですがその大きさを保った状態かつ飛行機で手荷物で預けることができ、スキーの板を収納するような袋に入れて持ち運べるようなサイズと考えると竹の長さは2mが限界だと。

shiga biwalake夕陽をバックにお茶を楽しむなんとも贅沢な茶会(滋賀県・琵琶湖)
そのサイズ感を残した状態で、無駄を限界まで削ぎ落とし、軽くするということを突き詰めていった結果、現在の「帰庵」の形に辿り着きました。

Q:竹の茶室「帰庵」をつくるに当たって戸田さんから稲井田さんへ依頼した取り入れてほしいことは何かありましたか。

戸田:屋根をつけてくれと頼みました。

持ち運びの茶室はアーティストの方が意外とつくったり、もっていたりするのですが、その形はキューブ型が多く、屋根がなかったりするんです。でも私は「茶室には屋根がいるねん」と話して、屋根を設計してくれるように頼みました。

kian-inaidasan-02バラしてしまうと簡単に肩にかつげてしまう携帯性抜群の「帰庵」
そういえば、もう一つ頼みましたね。肩にかついで持ち運べるようにしてほしいと。

多くの方がつくってらっしゃる組み立て茶室はトラックで運ばなければいけないようなものばかりなのですが、それでは行動範囲に制限が出てきてしまいます。

車で運ばずとも、自分たちの肩に担げばどこへでももっていけるような茶室がよかったんです。

Q:そのリクエストを聞いたとき、稲井田さんはどう思われましたか。

稲井田:職人という立場からするととても「難しいことを……。」とも思いました(笑)

ただ茶室には屋根、軒先が必要だとおっしゃる戸田さんのお気持ちも分かりますので、やってみようと思いましたね。

Q:現行の「帰庵」はどのくらいの重さで、初代からその重さは変わっていないのでしょうか。

稲井田:現行の「帰庵」の重さは5.5kgくらいです。

kian-inaidasan-03大徳寺大慈院で試作した「帰庵」(初代)の組立を。組立完了後にお茶を楽しむ稲井田さん。
初代「帰庵」はホームセンターで購入した角材を縄で結んで造りました。その後、木より竹のほうが軽いことに気づき、現行の形に辿り着きました。

Q:取り組みは2015年から始められたのですよね。

稲井田:そうですね、2014年の末くらいに「帰庵」の構想を戸田さんへお話しに行きました。当時は構想だけお話し、これをもってイタリアのローマへ行き一緒にやりませんかと依頼しました。

戸田さんも「やろうやろう」と言ってくださったので、年明けの2015年1月から「帰庵」をつくり始めました。

Q:「帰庵」で何回ほど茶会をされてきたのでしょうか。
稲井田:100回以上はやっていて……。今では120回くらいでしょうか。

コロナの期間を挟んでいるので、実質5年の間に120回というところです。

kyoto 音羽谷修学院音羽谷でのお茶会の様子(京都・左京区)

Q:「帰庵」でお茶を振る舞う楽しさはどんなところにありますか。

戸田:「帰庵」の面白いところは、大抵どこへ行っても喜ばれることですね。

いま、お茶はペットボトルで購入してラッパ飲みするようなご時世ですよ。お茶を一個ずつ点てるなんていうのは、時代遅れも甚だしい。それにも関わらず、それをおもしろいと思ってくださる方がいるというのはありがたいことですね。

Q:「帰庵」での茶室を開催する際には稲井田さんも一緒に同行されるのですか。

戸田:稲井田さんに一緒にきていただいて、稲井田さんに組み立てていただいている間に私がお茶の準備をしています。

戸田住職と稲井田さんお茶会を開催するときはいつも一緒のお二人、戸田住職(左)と稲井田さん(右)
私は「帰庵」を組み立てたことが何度かしかないので、1人で組み立てろと言われてしまうとなかなか難しいのです。

不完全でミニマム。だからこそ人によって完成される“見立て”の世界。

Q:戸田さんは室内の茶室と自然の中の“見立て”による竹の茶室「帰庵」ではどのような違いがあるとお考えですか。

戸田:「帰庵」には風が吹きます。室内の茶室では風は絶対に吹かないですが、「帰庵」では風があるので何事も思い通りにならないです。茶筅が飛んでいってしまったり、お抹茶が飛んでいってしまったり。

長野・蓼科大滝の森驚くほどに足場のよくない森の中でもお茶会ができてしまうのが「帰庵」(長野・蓼科大滝の森)
もう一つは地面が平らではない、ということでしょうか。「帰庵」でお茶を振る舞うようになって感じたのは、自然界には意外と平な場所が存在していないということでした。

ただそう言った不便さも「帰庵」でお茶を点てる楽しみの一つです。

Q:風があるような自然の中で、ゆったりと落ち着いてお茶を楽しむことって可能なのでしょうか……。

戸田:私は、人が自然のなかでゆったりとお茶は飲めないと思っています。案外そわそわしてしまうというか。

滋賀県・安曇川上流川のせせらぎを聴きながらお茶を点てる(滋賀県・安曇川上流)
ですが、不思議なことにそんな環境下でもお湯を沸かし、茶筅をあたため、お茶を点ててと手順を踏んでいるうちに不思議と心が落ち着いていくんです。この感覚が貴重で、「帰庵」でお茶を点てる醍醐味です。

Q:稲井田さんは室内の茶室と自然の中の“見立て”による竹の茶室「帰庵」ではどのような違いがあるとお考えですか。

parisパレ・ロワイヤル庭園の中で帰庵を組み立てる稲井田さん(フランス・パリ)
稲井田:「帰庵」は壁がないので自然の香りを楽しむことができます。一方で、雨が降ったら受け入れる。寒い時は、温かい飲み物を頂けるだけで幸せを感じることができる。

満たされた空間ではないからこそ、何かを妥協して素直に受け入れるしかない。それが「帰庵」の良さだと僕は思っています。

Q:「帰庵」で訪れる方々に伝えたいことはありますか。
戸田:身近な自然の中でも、お茶を飲みお菓子を食べるだけでも、わざわざこういうことをやってみると案外おもしろいということを伝えたいです。

心の満足という価値を伝えられれば良いなと思います。

Q:稲井田さんはいかがですか。

稲井田:世の中には何事にも正解があると思い込み、それをストレスに抱えていらっしゃる方がたくさんいると思いますが、「帰庵」へは何も考えずに来ていただいて、あの空間で感じてくださったことがその人なりの「正」であると思っていただければいいなと思っています。

茶道は人と親しくなる、茶室は良好な人間関係を考察・構築するための舞台

Q:竹の茶室という空間に入ることによって何か感じることはありますか。

戸田:茶道は人と親しくなる、茶室は良好な人間関係を構築するための舞台だと私は思っていて。

茶道には見立ての文化がありますよね。

例えば夏、茶室にかけてある「滝」と書かれている掛け軸をみて滝の音や水飛沫を感じたり。

京都・鴨川京都市民憩いの場である鴨川(の中洲)での茶会(京都・鴨川)
竹の茶室も同様で、壁も屋根も実際にはない。けれど竹でできた「帰庵」という空間を茶室という舞台に見立て、茶人になりきっていただき、普段は言いもしないような挨拶「お先に頂戴します」と言っていただいたりする。

このやりとりが私は非常に大切だと思っています。

普段は意識をしていないけれど、実は人との関係を構築する上で振る舞ったほうが良い所作のヒントが茶道の文化には多くあります。「わざわざ」するというのが、人付き合いにおいて良い影響を与えるのではないかなと思っています。

Q:戸田さんは日本茶文化のおもしろさはどこにあると思いますか。

戸田:「茶」という飲みものを文化にまで高めていったのは日本だけだと思うので、その点がおもしろいと感じます。

世界中にもお茶はたくさんあると思いますが、日本人はお茶を飲むためだけにわざわざ茶室という、いち建築様式を発明しました。「道」のつく日本文化は人生の何かの道標、生きるための指針というような意味がありますが、お茶という飲みものを「茶道」という文化まで高めていったというのもおもしろいです。

茶道の文化には禅宗や仏教の考え方がありますが、そもそも仏教の最終的な目標とはとても簡単にいうと“みんなで仲よくする”なんですよ。私はそれをものすごくシンプルに表現しているのがお茶室の文化だと考えています。

お茶がおいしいのは、良いお茶と良いお水と適切な湯の温度で淹れればもちろんおいしいのですが、好きな人と飲むとさらにおいしく感じますよね。

お茶をおいしく飲むためにはどうすればいいか、人生を楽しく過ごすためにはどうすれば良いかということを突き詰めていくと最終的には人間関係に辿り着くんです。

Q:「帰庵」に来ていただいた方に感じてほしいことはありますか。

戸田:お茶室でのお茶体験を通して、人や自然を大事にするということを少しでも考えていただけると良いのかなと思います。

三重県 御在所極寒の山頂で行われた山頂茶会(三重県・御在所岳)
実際に人や自然、資源を大切に昔から扱ってきたのが茶の文化です。今では学生さんもSDG’sという社会課題について学ばれていますが、スローガンだけではなく、文化の中にある受け継がれてきた考え方や精神に触れ、少しでも何かを感じていただければ良いなと考えています。

Q:お茶を点てて印象的だったエピソードなどはありますか。

戸田:アメリカのロサンゼルスへ行って、「帰庵」で女性の方に抹茶を点てていたら、突然その女性が泣き始めはったんですよ。

どうしはったんですかと聞くと「私のためにこんなことしてもらったことがない」と。確かによくよく考えると、その人のためだけに何かを“つくる”、“してあげる”といった行為・行動は現代では案外ないのかなと。

その会話は印象に残ってますね。

Q:戸田さんと稲井田さんにとって日本茶はどんな存在ですか。

戸田:一服するものであり、人と仲よくするということの象徴だと思います。

お手前の世界では、お茶を一緒に飲むということは仲よくするという意味がありますので。

抹茶戸田住職が点てたお抹茶

稲井田:僕にとっては薬ですかね。病気になってから、1日4服以上は抹茶を飲むようにして癌が治ったことにしているので(笑)。皆さんにもガンガン抹茶を飲んでいただきたいですね。

Q:戸田さんと稲井田さんにとって日本茶を取り扱う難しさはありますか。

戸田:いえ、特にないですね。普段から飲んでいるものなので、難しさは感じたことがないです。

稲井田:僕はお茶を取り扱ってる訳ではないので……運ぶときに漏れへんようにするとかですかね(笑)

日本茶の未来を考える

Q:戸田さんは「帰庵」を活用した形で、何か取り組んでみたい事業などはありますか。

戸田:もっと「帰庵」を活用して“良い”お茶を飲んでいただける場を提供していきたいとは思いますね。

アメリカ・ロサンゼルスビーチ(​​Hermosa Beach)でさえお茶を点てられる(アメリカ・ロサンゼルス)
私の茶農家である友人は、最高級抹茶をつくっているのですが、売れず採算が取れへんといっているんです。今ではペットボトルや手軽な価格のお茶が主流になってしまっているので、最高級ランクのお茶を飲む人が少なくなっている。

私は、何百年と受け継がれてきた最高級のお茶も残し、これからの世代へと継承されてほしい。そのために品質の良いお茶を提供し、まずはそのおいしさを知っていただきたいです。

Q:稲井田さんは「帰庵」を活用し、何か取り組んでみたい事業などはありますか。

稲井田:事業ではないですけれど、いちばん初めはローマに行きたいと思って始めたことなので、「帰庵」を持ってローマに行きたいです。

フランス・パリエッフェル塔がよく見えるシャン・ド・マルス公園でのお茶会(フランス・パリ)
Q:「帰庵」はこれからもっと活動の幅を広げ、この竹の茶室スタイルの認知獲得を目指していかれる予定ですか。

稲井田:いえ、じつを言うと、あまり広めたいとも思っていないんですよ。

僕自身はこれを生業だとは思っていなくて、日々ストレスのある社会で生きているので、たまに「帰庵」を持って自然のなかへ行き、お茶が飲めたらいいなと思っています。海外からお声がかかったらそれを理由に気分転換に海外へも行けますしね。自然体でいること、意図しないことで、「帰庵」は自然と世界に広まっていきましたし、これからも広まっていくと思っています。

Q:お二方からみて日本茶に関する何かおもしろい取り組みをされてる方はいらっしゃいますか。

戸田:お茶と素材をスイーツに昇華させたお茶屋さんはすごいですよね。今では抹茶スイーツはあたり前ですが、30数年前に京都・宇治の店の片隅で販売を始められた当初はあまりお客さんも見かけませんでした。ところが美味しさにつられて沢山の方が来店され、今ではカフェをつくられ、店も出されています。

当時、誰もお茶を“飲むもの”としか思っていなかったのをスイーツにしはったんですから、すごいと思います。

稲井田:特に思い浮かびませんが、お茶に興味のある人がそれぞれ好きな活動をして楽しんでいければと思っています。

Q. 茶業界の未来はどうなっていくと思いますか?

ドイツ・ミュンスターラッカー博物館での茶会にてお話する戸田住職(ドイツ・ミュンスター)
戸田:もっと評価されていってもいいと思うんですよね。

日本茶はあまりにも身近すぎてお金を払って飲む価値のあるものという認識があまり皆さんの中にないんですよね……。

そこを見直して、もっと日本茶が評価されるようになったら良いなと思いますね。

稲井田さん京都・天橋立 KYOTO PHONIEでのお茶会の参加者とお話する稲井田さん(photo by NAOKI MIYASHITA )
稲井田:海外へ行ってみて感じるのは、やはり抹茶はすごい人気であることです。しかしその一方で地方の町にはまだまだ抹茶が飲めるお店はなかったりするので、需要のある海外へどう品質の良い日本産の抹茶を売っていけるかが大切になってくると思います。