《茶✕クリエイティブ》クリエイティブの観点から考える日本茶の可能性【REDD inc. / 望月重太朗】

「酒の席でお茶を飲む。」

この場合のお茶とは、「ノンアルコールの飲みもの全般」というニュアンスだが、「お酒が飲めない」のではなく、あえて酒の席で「お酒を飲まない選択」をする人が増えている。

その理由は、体質、体調、気分、飲み会後の車の運転などさまざま。「飲まない選択」は、昔からよくある話で特にめずらしい話ではない。しかし、かつては「消極的な理由」だった酒の席でお酒を「飲まない選択」が、「積極的な理由」になりつつあるのが、最近のトレンドとなっている。

「スマドリ(スマートドリンキング)」と言うキーワードが、2022年、電通とアサヒビールにより設立された「スマドリ株式会社」等を中心に推進されているのもその流れの一つだ。

そして、その源流のひとつに「ソバーキュリアス」というコンセプトがある。

ソバーキュリアス(SoberシラフとCurious好奇心の2語を組み合わせた造語)とは、2010年代初めに始まったムーブメントで、「あえてお酒を飲まない選択」をするライフスタイルのこと。最近ではZ世代の若者を中心に欧米でも広がりつつある。

「あえてお酒を飲まない選択」が広がることにより、「酒の席(パーティー)」は、これまで夜&屋内から、昼間&屋外にも広がっていくだろう。

ノンアルコール飲料の国内市場が3000億円を超えるという試算もある中、お茶にはどのような可能性があるのだろうか?

「あえてお酒を飲まない選択」の先にお茶の可能性を見出し、すでにさまざまな活動に着手しているお一人である望月重太朗さんにお話をうかがった。

望月重太朗(もちづき じゅうたろう)
2003年、博報堂アイ・スタジオ入社。2019年1月、デザインR&Dをテーマとした会社 REDD inc. 設立。主にデジタルを中心としたクリエイティブディレクション、アートディレクション、未来洞察からのストーリーライティングを軸に様々な企業や商品のプロモーション/ブランディングの企画立案・制作に従事。前職ではR&D部門を率い、Pechatなどを始めとした120を超えるプロトタイプ、新規プロダクト/サービスを開発。また2018年よりフードリサーチプロジェクト「UMAMI Lab」の活動を開始し、日本の各地域でワークショップの実演や大学機関との共同セミナーなどを実施。さらに海外にも活動領域を拡げ、SXSW(アメリカ)やBorder Sessions(オランダ)で「旨味」をテーマにしたイベント開催やワークショップを行う。その他活動として、武蔵野美術大学 非常勤講師、Border Sessions 2019 & 2018 オフィシャルスピーカー、SXSW2017 オフィシャルスピーカー、Cannes Lions 2016 オフィシャルスピーカー、中国国際広告祭オフィシャルスピーカーなど。

教育とデザインを取り入れた新しいR&Dの考え方で、様々なニーズを具現化するREDD inc.

Q:望月さんが経営されているREDD inc.について教えてください。

望月:REDD incは社名の由来にもなっているReseach(研究)、Education(教育)、Design(デザイン)、Development(開発)、この4つの視点を取り入れた新しいデザイン型R&Dです。プロトタイピングを軸にした新しいソリューション作りのサポートを行っています。具体的にはクリエイティブ戦略の立案からPR・新規サービス/プロダクトの開発まで一貫して行うことができます。

望月さんREDD inc. 代表 望月さん(photo by Hiroki Yoshida)
Q:これまでどのようなプロジェクトに携わってこられたのでしょうか?

望月:大手企業の新規事業サポートやローカルとの共創、教育まで多岐に渡ります。

例えば高知ビジネスデザイン塾というプロジェクトでは複数のスタートアップの知見とローカルの課題を組み合わせた新規のビジネスアイデアをつくり、その成果発表会をしたり。

10万個を超える販売を達成した、ぬいぐるみをおしゃべりに変えるハードウェアの企画/開発したり。

資生堂R&Dチームの共創プロジェクトfibonaの、一般生活者を対象にしたワークショッププログラムの全体企画及びファシリテーションを担当したり。

最近ではSober Experience Studioというノンアルコールドリンクと共に新しい食文化の創出を目的とする横断型のオープンイノベーションプロジェクトに参画していたりもします。

新たなムーブメント「Sober Curious」に追い風を起こすCOLDRAWの開発

Q:Sober Experience Studioではどのようなことに取り組んでいらっしゃるのですか?

(photo by Sober Experience Studio)
望月:COLDRAW(コールドロー)という、茶葉やハーブ、コーヒー豆などの植物素材(ボタニカル素材)に注目し、植物本来の味わい・色彩を数分で抽出するノンアルコールドリンクのための新たなプラットフォームを開発しました。

REDD incはこのプロジェクトでは主にクリエイティブディレクションやコミュニケーションプランニング及び制作を担当しています。

Q:COLDRAWの革新性を教えてください。

COLDRAWを使って抽出されたボタニカルの水出し(photo by REDD inc.)
望月:これまでボタニカル素材の水出し抽出には一晩かかっていたんです。しかも、低温での抽出となるため抽出時間が長くなるほど、雑菌が増えて酸味や苦味の原因になる可能性もある。

それを、開発したCOLDRAWを使うと独自の高速抽出により抽出時間は数分と大幅に短縮され、極めて雑味の少ない「できたてのクラフトノンアルコールドリンク」ができるのです。

この技術開発により、様々なシーンで高品質なクラフトノンアルコールドリンクを簡単に提供することができるようになるのです。

Q:なぜクラフトノンアルコールドリンクに注目されたのでしょうか?

望月:近年、欧米の若者たちの間で新たなムーブメントとして注目されている「Sober Curious(以下:ソバーキュリアス)」という考え方があります。

これは「Sober=しらふ」と「Curious=好奇心」からできた造語なのですが、“あえてお酒を飲まない”という考え方やライフスタイルのことを指します。

日本でも徐々にこのソバーキュリアスの考え方が浸透してきている一方、飲食点で提供されるノンアルコールの選択肢は未だ少ないというのが現状です。

このソバーキュリアスというムーブメントに注目した結果、クラフトノンアルコールドリンクに辿り着きました。そして、開発したCOLDRAWを使うことによってより多くの人たちにライフスタイルにおける一つでも多くの選択肢を提供できるようになると考えています。

クリエイティブという観点から見た「お茶」という存在

Q:色々なプロジェクトを幅広く手がけていらっしゃる望月さんですが、ご自身を一言で表現するとどのような人物だと思いますか?

望月:クリエイティブ百姓です。

望月さんサイフォンの前に立っているキャップを被った男性が望月さん(photo by REDD inc.)
百姓って「百の名字をもつ」つまり「いろいろな仕事ができる人」というのが本来の意味だと言われています。

僕の肩書きのひとつはクリエイティブディレクターですが、様々なものをデザインの取り組みによって生み出してきました。クリエイティブ百姓であると表現したのは、まさに広義な「デザイン」の取り組みで色々なことができるからです。

先程Sober Experience Studioのお話をしましたが、抽出するだけではなく、そのほかにも僕は茶葉やハーブのようなボタニカル素材から入浴剤をつくることもできますし、お灸をつくること、和紙を作ることなどもできます。

また、創造だけでなく、その知識やスキルを生かし、教育や企業コンサルも手がけることもできます。

一見すると色々なことを手がけているように見えますが、根幹は同じ「デザイン」です。僕は「複雑なものを整える」ということをやっているだけなんです。

Q:望月さんご自身にとってのミッションがあればお聞かせください。

望月:たくさんあるような気もしますが、ただ一つだけあげるのであれば「ローカルが生きがいになる状況をつくる」が僕の中でのいまのミッションです。

望月さん(photo by Hiroki Yoshida)

ローカルの捉え方は様々ですが、まずは「地元」「住んでいる場所」これらが楽しくなることをやっていきたい。

でも、僕みたいに自分が住んでいるところを楽しい場所にしたいと思っている人は日本、世界中でたくさんの方が取り組んでいます。なので僕はそういった取り組みをされている方々の一助になれればいいなと思っています。

Q:例えば「ローカルが生きがいになる状況をつくる」ためにどんなことをされているのですか?

望月:例えば、滋賀県と岐阜県の県境にある伊吹山の自然を守り、蘇らせる「蘇湯」プロジェクトのプロデューサーをしています。

蘇湯入浴用ボタニカル「蘇湯(そゆ)」(photo by 伊吹山蘇湯プロジェクト)
伊吹山は、日本百名山の一つで山頂には1,300種の植物や280種の薬草が育まれていました。しかし近年鹿などの野生動物による食害や地崩れによって、美しかった山頂は荒れ果ててしまっているんです。

荒れ果ててしまっている伊吹山(photo by 伊吹山蘇湯プロジェクト)
なんとかしなければ、ということで地域固有の文化であった「薬草湯文化」に注目し、地元の米原市伊吹薬草の里文化センターや、松田医薬品、資生堂fibonaチームや資生堂クリエイティブと協力し入浴用ボタニカル「蘇湯(そゆ)」を開発し、クラウドファンディングに挑戦しました。

クラウドファンディングによって募った寄付金は現地の植生回復活動に使われるのです。

このようなプロジェクトに数多く参加させていただいていますね。そしてやっぱり“モノやコト”をクリエイティブするということがとても楽しくて。

自分も楽しく、そしてローカルも楽しくできるようなものづくりが今の自分のやるべきことかな、と思っています。

Q:クリエイティブの観点からだとお茶はどのような存在なのでしょうか?

望月:植物ですね。

少し話がそれますが、僕はあらゆるものが「ティー」と表現されると思っていて。

ハーブティーはもちろん、豆だって「黒豆茶」とかありますし、麦で「麦茶」ですよね。なので究極コーヒーも「ティー」に分類されると僕は思っています。日本では特に。お茶する=喫茶店でコーヒー飲む、と表現したりしますしね。

アスパラガスを用いた「翠茎茶」アスパラガスを用いた「翠茎茶」(photo by REDD inc.)
僕自身も練馬区の農家や福祉事業所と連携して、廃棄されるアスパラガスを用いた「翠茎茶」を作っています。これも野菜を用いた「ティー」ですね。

僕は伝統芸能をとてもリスペクトしているのですが、伝統芸能って、色々な文化や他の芸能を取り入れて生まれてきたものがたくさんあって。

日本茶も同様だと思っているんです。「日本茶とはこういったものである」という狭い概念ではなく、もっと広く「お茶」というものを捉えてもいいのではないかなと思っています。

Q:日本茶を取り扱うことの難しさを感じることはありますか?

望月:急須で日本茶飲んだことのない人に、どう急須で飲んでもらうかが難しいなと。少しだけ思いました。

「ティーバッグでいいじゃない」「ペットボトルでいいじゃない」という方ももちろんたくさんいらっしゃると思うのですが、でも日本茶も、コーヒーにしろ、出汁にしろ、素材からひいた方が圧倒的においしいし、楽しいですよね。

望月さんサイフォンを用いて出汁をひく望月さん(photo by REDD inc.)
以前、娘の保育園で蒸留と出汁のイベントをさせてもらったんですね。3時間話し続けるというのが結構大変だったんですけれど(笑)

そのときにサイフォンを用いて出汁をひいたんです。自分の目で見て素材を選んで、丁寧な所作でひくとこんなにおいしい出汁ができることを実演してお話ししました。

このイベントをしたとき、日本茶も同じだと思いました。

急須で日本茶を淹れる選択肢や、その行為に直結する“良さ”を実感して、生活に取り込んでもらうことを目的としたプレゼンはとても難しい。しかし必要なことだと感じましたね。

伝統的であるものにはときおり閉鎖感があると思っていて。少なからず閉鎖感のある日本茶の世界への入口に立とうとしてくれる人に対して、どの入口から入ってもらうかの道を指し示すことの難しさはあると思います。

なので、やっぱり日本茶の世界への入口としては、いい茶葉をプレゼントに贈ったりして、この「お茶は急須で飲むととてもおいしいよ」と伝えていくことだったりするのかもしれませんね。

キーワードはモノカルチャー。茶業界が脱却すべきは大量生産、大量消費、低価格の世界。

Q.茶業界が衰退している原因は何だと思いますか?

望月さん(photo by Hiroki Yoshida)
望月:やはりモノカルチャーである事が一つの原因だと思います。大量生産・大量消費・低価格の世界から抜け出せていないですし、抜け出すことも難しい。

あるとき、お茶農家さんにおいしい日本茶と、売れる日本茶はイコールではないんだよねというお話をされたことがあるんです。

「どういうことですか?」と聞いてみたら、自分たちがおいしいと思っても変わり種に見えるような日本茶は値段がつきにくいと。

品評会で賞を受賞するといったような箔がつかないと、おいしいものでも高い値段で売れない仕組みになっているのが茶業界の現状かと思っています。

売れる日本茶しか生産しないという選択肢をみんながとってしまうと、世にある日本茶はすべて画一化されて、味気ないものになってしまいます。

だからこそ、これからの日本茶は、「いいものをつくる」ことにどれだけスポットライトを当て、通常の商流に乗らない生産をしていくかが重要になります。さもなくば、より深刻な文化衰退を起こすと思っています。

これは茶業界に限った話ではなく、職にしろ、産業にしろ、安定的に生産できるのは緩やかで平和な世界である一方でイノベーションが起きない。これではその業界は衰退していってしまうんですよね。

世界の潮流は「ストーリー性」と「クラフト性」。海外へ目を向けて、日本茶のポテンシャルを生かしたこれまでになかったお茶づくりを。

Q:日本茶に関わる人にお茶の可能性を伝えるならば、なにを伝えますか?

望月:地産地消ばかりにこだわる必要はなく、海外での販売も視野にいれ、どうすれば海外も含めた多くの人が日本茶を購入して飲んでくれるのかを考えてほしいと伝えたいですね。

日本人って地産地消を意識しすぎている節があると思いますが、その必要はないと僕としては思っていて。

海外で売れるのは抹茶だけ、みたいな話がありますが、ブレンドティーが売れるのであればブレンドしていいと思います。日本茶が売れない理由が温度抽出ならば高温抽出に耐える茶葉をつくって、簡単にわかりやすく淹れられるようするとか。

日本茶はものすごく伸びしろがあると思っています。

日本茶は伝統がありストーリー性もあるので海外に向けてプレゼンもしやすい。味もおいしい。あとはパッケージングを上手くすればどんどん売れそうな気がするんですよね。

Q:ストーリー性も大切なんですね。

ストーリー性とあとはクラフト性ですね。

モノカルチャー的なものって、ある一定の基準値さえクリアしていればクラフト的なものより安定しますし、良しとされます。

しかし、そうでなく、ムラがあるかもしれないけれど「この年はめちゃめちゃおいしい」「この年は、うーん。」といったワインのようなテロワールを楽しめ、風土にあった日本茶づくりを、こんなチームでやっていて、環境にも優しいつくりかたをしています、といった文脈があれば海外の人に絶対に売れると思います。

僕がヨーロッパへ行ったときもそういったことを聞かれましたし、世界の流れはクラフト性、ストーリー性、環境に優しいSDGsといった方向へ向かっているんだと思います。

Q:日本茶の消費を拡大するために、望月さんだったら日本茶をどのようにディレクションしますか?

望月:まず最初に必要なのは売り方をデザインすることだと思います。プロダクトを作るところから消費者へ届けるまでの流れ、マーケティングをデザインする必要があると僕は思っています。

例として、ある豆腐屋さんのお話をさせてください。その豆腐屋さんはとても品質の良い豆腐をつくっていました。しかしその豆腐屋さんは、販路をあまり持っていなかったんです。売り上げを上げるために、豆腐屋さんは豆腐を大量生産し、既存の流通にその大量生産した豆腐を流せば良いと考えました。そうすれば大量販売できると考えたんですね。

しかし、残念ながら、その結果、その豆腐屋さんは低品質・低価格な豆腐を大量生産し、倒産しかけてしまったんです。既存の流通にその大量生産した豆腐をのせることができなかったのです。

その豆腐屋さんはM&A(企業買収・合併)により再生されました。

ここでポイントになってくるのがどうして「再生できたのか」。

豆腐屋さんを買収した企業が品質の良い豆腐を作るという方針に戻したんです。もちろんどれだけではなく、流通・販売経路も独自で構築したのです。

この独自の流通・販売経路についてわかりやすい例をもう一つ。
大手スーパーマーケットのライフは、プライベートブランドの商品を持っていますが、この商品たちを全て独自の流通ラインで消費者へ届けています。

つまり、ライフが商品を企画し、それを自らのスーパーマーケットで販売し、消費者へ届けているのです。

望月さん(photo by Hiroki Yoshida)

僕は、良いものが既存の流通ラインではなくそれ以外の流通ライン、例えば独自のラインによってエンドユーザーに届くようにすることが必要であると思っています。

僕が日本茶をディレクションするとしたら、大きくは2つでしょうね。まずは既存以外の流通ラインを構築する。そして、ターゲットを決め、そのターゲットにあったお茶やプロダクトをつくる、ですね。