人類がお茶を飲むようになって、数千年。その間、今に至るまで茶葉は乾燥して保存されてきた。この50年、冷凍技術が進化・普及し、グローバルなコールドチェーン(低温物流)が実現した。外国産の生肉がスーパーに並び、家には必ず冷蔵庫がある。しかし今も昔も茶葉は当たり前のように乾燥して保存されている。
これまでも冷凍保存した茶葉の活用事例はもちろんある。例えばこの30年、各茶産地における手揉み製茶保存会の復興がみられるが、この理由の一つとして、手揉み製茶の練習用に冷凍茶葉が手軽に使えるようになったことも挙げられるだろう。
今回フィーチャーする売茶中村では、冷凍茶葉の可能性をさらに進化させている。「売茶中村」では、全国の茶産地から蒸したての生葉を集め、冷凍保存している。茶葉を販売する店舗内で、冷凍茶葉を年中製茶し、来店者は、これまで旬の茶産地でしか体験できなかった新茶の香りを嗅ぎ、製茶を体験し、購入することが、年中できるようになった。
これまでブレンド茶しかなかった日本茶の世界において、シングルオリジンの日本茶が浸透しつつある今。売茶中村は、さらにその先にある価値を探求しているといえる。
旬の茶工場でしか嗅ぐことができなかった「新茶の香り」。現代の冷凍技術を取り入れ、年中できたての新茶の香りを楽しめる「売茶中村」の挑戦をうかがった。
製茶したてのお茶を味わえる、唯一無二のお店
Q:[売茶中村]はどんなお店ですか?
中村:京都府宇治市、平等院から歩いて1〜2分ほどのところにある、小さな製茶場と喫茶を併設したお茶の専門店です。
このお店をひと言で表現すると、煎茶が出来上がるさまが目の前で見られる場所。多くの人にとって、今までにないお店だと思います。
煎茶は、茶畑から摘んだばかりの柔らかい新芽を蒸して、揉みながら乾燥させて作られます。揉んだばかりのお茶を味わえるのは、これまで製茶場で働く人だけでした。
実は僕自身、初めて乾燥機から出てきたばかりの新茶を味わったとき、一般的に売られている新茶との違いに驚きました。爽やかで、どこかワイルドさも感じられて、しかも茶葉はなめらかであたたかい。そこには、自分が知らないお茶の世界が広がっていたのです。
店内で製茶中のお茶
[売茶中村]では、これまで製茶場で働く人の特権だった「新茶:製茶したてのお茶(揉んだばかりのお茶)」を味わっていただけます。
[売茶中村]で味わっていただける新茶は、一般に出回っている新茶と鮮度がまったく違います。製茶したてのお茶は、新茶が出回る時期でもめったに飲めない、フレッシュな味がするんですよ。しかも一年中、どんな時期でも製茶したての新茶を味わっていただけます。本物志向の方や上質でおいしいものを好む方に、ぜひお試しいただきたい味です。僕はこの味を広く知ってもらいたい一心で、喫茶に製茶場を併設させました。
店内に並ぶ製茶用の機械たち
さらには、普通ではまず見られないようなお茶づくりの裏側を、すぐそばで見られるのも[売茶中村]の魅力です。新茶の香りや音、「誰が/どのようにつくっているか」「なぜこの味になったのか」を知ってもらえる、唯一無二のお店だと自負しています。
製茶中の茶葉を触ったお客さんは「製茶したてのお茶ってあったかいんや!」「こんなにしっとりしてるん?」と驚かれますね。
Q:[売茶中村]は、技術的に大変難しいとされる「冷凍茶葉」を取り扱っていることで業界内からも注目されていますね。
中村:ありがとうございます。「うちもやってみたけれど、挫折したよ。すごいよね」と言ってくださる方もいますね。
僕も今のスタイルにたどり着くまでは、いろいろと試行錯誤しましたし、本当に大変でしたね。やっぱり、きちんと冷凍しないと、どうしても茶葉が傷んでしまいますから。さまざまトライする中で「手揉みくらいの量ならば冷凍できる」「少量製茶機ならうまくいきそうだ」ということがわかったことがブレイクスルーになりました。
[売茶中村]では、5月に摘んだ茶葉をすぐに蒸し、急速冷凍して保管したのち、使う分だけを解凍し、熱をくわえながら揉み込み乾燥させて揉みあげています。完成した茶葉は色もきれいですし、新茶の香りもしっかりと残っているんですよ。
Q:[売茶中村]事業のミッションをお聞かせください。
中村:大きく分けて2つあります。
1つめは、日本茶をもっと身近な存在にすること。
2つめは、お茶の魅力を知ってもらい、日本茶の消費量を増やすことです。
お茶が出来上がる過程を見てもらえれば、たとえペットボトルのお茶であってももっとおいしく、ありがたいものだと感じられるはずです。「売茶中村」では、その工程を年中体験できることで、日本茶をもっと身近な存在にしたいと考えています。
Q:ライバルやベンチマークにしている企業はありますか?
中村:今のところは特にありませんが……製茶機メーカーさんに「売茶中村のやり方を教えてもらえないか」という問い合わせが、国内外から何件か届いているそうです。
これからどんどんライバルが増えて、うちのように製茶したての日本茶を提供するお店が増えていくと、もっと茶業界がおもしろくなるだろうなと思います。メーカーさんや日本茶農家さんも潤いますし。
Q:「売茶中村」では今後、どのようなことにチャレンジしていきますか。
中村:[売茶中村]のスタイルをより多くの方に知っていただき、飲みものを選ぶときに「できたてのお茶」という選択肢が加わったらうれしいですね。
また、今は「できたてのお茶を飲めること」に価値を感じていただいていますが、今後はもっと「お茶が出来上がっていく工程」のおもしろさを体験してもらいたいと考えています。
それと、売茶中村が特注したミニサイズの製茶機「2kg機」を使うと、手揉みと遜色ないほどきれいに揉めるんです。この製茶機をお茶の品評会に出品するようなお茶農家さんに貸し出して、製茶してみてもらうのもおもしろそうですよね。
2kgの精揉機
Q:中村さんにとって日本茶とは?
中村:人生そのものなのかなと思いますね。僕の家は先祖代々、お茶でごはんを食べてきましたし、順当にいけば僕も同じ人生を歩むことになるので。
また、お茶は多様性の塊だと感じます。
お茶はお茶として飲むだけでなく、薬にもなるし、一本の木から烏龍茶や紅茶になったり、冷凍することもできたり、スイーツとして愛されたり、時代や地域によっては政治的権威を示す手段になったり、お茶の葉をそのまま食べる民族がいたり……と、さまざまな形で愛されています。このように、その場その場に適応して幅広く愛されている農作物は決して多くないのではないでしょうか。
Q:中村さんにとって、日本茶を取り扱う難しさはどこにありますか。
中村:お茶にはたくさんの魅力が詰まっていますが、その魅力を伝えることが難しいと感じます。お茶の魅力をうまく伝えて消費者の購買意欲を刺激できたらと願うばかりです。
Q:「茶業界で面白い取り組みをしている人」と言って思い浮かぶのは誰ですか?
中村:たくさんいます!あえて一人に絞るのであれば、Tea Factory Genの高橋玄機さんでしょうか。
高橋さんは茶農家の生まれではないのですが、お茶に魅了されて修業に行ったり、「茶畑を貸してください」と茶農家さんに直談判したり、中国に飛んで中国茶について学んだりと、お茶に対する探究心に余念がないところを尊敬しています。
座右の銘は「我逢人」。人との出会いを大切に、仕事に励んでいきたい
Q:中村さんの座右の銘や、大切にしている言葉を教えてください。
中村:「我逢人(がほうじん)」です。これは、曹洞宗の道元が弟子に残した、出会いの尊さを表現した言葉です。
僕自身、人との出会いによって視野が広がり、人生が広がったと感じています。それほど人と人との出会いは尊いものなのです。
中村さんご自身で車を走らせ茶農家さんのところへ訪れることも多いという
一人でできることはたかが知れていますし、いろいろな人との出会いのおかげで、今仕事ができているのだと感じています。これからも人との出会いを大切にして、いろいろな人からお力添えをいただきながら精進します。
良いものは必ず愛される。茶業界を支えるのは「信念に基づいた良品」
Q:茶業界はこれからどうなっていくと思いますか?
中村:お茶の消費量が減ったとしても、良いものは変わらず残るでしょう。そしてその一方で、中途半端なものは淘汰されていくと思います。
世界的に見ると、中国がすごい勢いで抹茶を生産していて、日本産より品質が高いものも出てきています。中国産抹茶のシェアが増えていけば、国産茶というブランドがあったとしても、生き残れるのは本当に良いものをつくれる農家さんやそれを仕入れられる問屋さんだけ。そんな農家さんや問屋さんのシェアがますます増えていくと予想します。
その代わり、一つひとつのお茶の個性が発揮されるようになるでしょう。一口に「良いもの」と言っても、その形は一つではありません。その農家さんや問屋さんにしか提供できない、個性のある商品が注目され、スポットライトが当たるようになるのではないでしょうか。
また今後は、茶業界に限ったことではないですが、信念に基づいた、いい意味で「我」を出したものづくりが必要だと考えています。
「今、売れるもの」を作ることももちろん大切ですが、「今までに無いもの」を茶業界全体で生み出していけたら、みんながもっとワクワクするのではないかと。
お茶は多様性の塊なので「新しいもの」をどんどん生み出せるポテンシャルを秘めていると思います。
それこそが「これから売れるもの」なのではないでしょうか。