コロナ禍の鎖国が明け、円安が進み、2023年のインバウンド観光客(訪日外国人旅行者)は、2000万人を超えた。2024年には史上最多の3300万人を超えるという見込みもある。(JTB旅行動向見通しによる)
インバウンド観光客のほとんどは、公共交通機関のみで移動するため、大都市や観光地のみを訪問するケースがほとんどだ。抹茶をはじめ、お茶に興味のあるインバウンド観光客も少なくないが、中山間地域に多い茶産地まで訪問するケースは全国的にまだまだ稀である。
そんな中、インバウンド観光客を呼び込むのに成功している茶産地がある。京都府和束(わづか)町だ。ここは、宇治茶の産地として茶作り800年以上の歴史があり、最近では和束茶としても名高い。ここ和束町には、お茶好きなインバウンド観光客に対応施設、d:matcha、和束茶カフェなどがあり、年中とおしてさまざまな髪色のインバウンド観光客が訪れている。
今回ご紹介する京都おぶぶ茶苑もその一つ。2010年より、積極的にインバウンド観光客の受け入れを行なっている。
和束町には駅がない。国道もかすめている程度。10キロ以上離れた最寄り駅からのバスは、一時間一本以下。そんな陸の孤島にインバウンド観光客が集まるヒミツを京都おぶぶ茶苑 共同代表 松本裕和さんにうかがった。
目次
すべて英語でガイド!日本茶を楽しく学べる4時間のティーツアー
Q:京都おぶぶ茶苑の提供する「ティーツアー」について教えてください。
松本:京都おぶぶ茶苑では、「日本茶を世界へ」をミッションにさまざまな活動を展開しております。現在、4haの茶畑を管理し、100種類以上のお茶を生産、主にインターネットで販売しております。
ティーツアーで参加者に説明をする松本さん
ティーツアーは、主にインバウンドの海外旅行者のうち、お茶が大好きな方を対象とした4時間のツアーです。
ティーツアーに参加すると、茶畑や茶工場を見学することができ、煎茶、玉露、抹茶、ほうじ茶、玄米茶、和紅茶など9種類のお茶を飲み比べたり、お昼ご飯には、ぶぶ漬け(お茶漬け)を食べることができます。
ティーツアーでは、茶産地や茶作りの現場を体験しながら、日本茶について全般的に学べる内容になっています。
ティーツアーでガイドするおぶぶ茶苑のインターン生
ティーツアーで使用する言語は英語でして、海外からの国際インターン生とおぶぶの日本人と外国人のスタッフがガイドします。
コロナ禍の鎖国が明けた2023年は、2,000人以上のインバウンド旅行者がティーツアーに参加してくれました。そのうち、7割程度が個人旅行のお客様で、3割くらいが旅行会社経由でご予約を下さっています。2024年は、3,000人くらいを見込んでいます。
京都おぶぶ茶苑がある京都府和束(わづか)町は人口約3700人。町内に電車の駅がなく、最寄りの駅(といっても10キロも離れていますが。)からのバスは1時間に一本もありません。
近くには忍者で有名な伊賀や甲賀、剣豪で有名な柳生などが近くにある山深い里です。和束町の主産業は、お茶。600haの茶畑があり、京都府のお茶の半数近くが和束で生産されています。
そんな場所ですから、弊社は、大型バスの観光客のための大型施設ではなく、感度の高い個人のお客様にむけた、質の高いものを適切な価格で提供するようにティーツアーを設計にしています。
Q:ツアーガイドを国際インターン生と一緒にする理由は何ですか。
松本:ガイドの説明によって、学びの質が変わると考えているからです。僕たち生産者がなれない英語で一生懸命つたえるより、英語が流暢な国際インターン生に説明してもらうほうが、お客さまの学びは深まりますよね。
茶工場を案内し、説明するインターン生
また、新鮮さをキープするという意図もあります。
4時間のティーツアーでは、ガイド品質を常に維持するために流れもセリフもしっかり決めています。同じ内容を毎日くり返すことになるので、同じ人がずっと担当すると飽きてしまう。一方、三ヶ月しか滞在できない国際インターン生ならば、常に目をキラキラさせて新鮮な気持ちで、和束や茶作りの魅力を伝えてくれます。
Q:ツアーを運営する上で心がけていることはありますか?
松本:お茶は「楽しいもの」として体験してもらうことです。
京都市内で厳かに茶道体験するのもいいけれど、京都おぶぶ茶苑では、楽しく学びながらお茶を飲んでもらいたい。そして、旅を終えて自国に帰ってもお茶を日常のものにしてもらいたい。そんな思いでツアーを運営しています。
Q:松本さんにとって日本茶とはどんな存在ですか?
松本:遊びの一環です。
そもそもお茶が好きなんです。お茶を作るのも好き、淹れるのも好き、飲むのも好き、飲んでもらうのも好き。
中でもお茶を作るのは特におもしろいと思っています。正直、どんなものができるのか毎年わかりません。収穫して、製茶して、飲めるお茶ができていく。そしてやっと飲んだときに、おいしいと思ったり、まずいと思ったり、他の人が飲んでさまざまな反応してくれる……そこも含めてすごくおもしろい。
おぶぶ茶苑のみなさま
もともと僕たちは新規就農で茶農家になりました。1990年代後半のことです。ですので先祖代々の茶農家ではありません。何のしがらみもありません。やりたいようにやっています。もはや遊びみたいなものですよね。
だからこそティーツアーでは、自分たち自身がすごくおもしろいと思っているお茶について、真剣に、しっかり伝えたい!と思ってやっています。
Q:お茶を扱う難しさは感じていますか?
松本:あまりないですね。茶師とか茶匠といった立場も気にしていません。もちろん周囲はめっちゃ尊重しますよ。だけど僕たちは僕たちのやりたいことをやりたいようにやらせてもらいながら、お茶の魅力、特にお茶の楽しさを伝えていきたいと考えています。
温泉、寺社仏閣、旅館、そして茶産地。日本旅行のデスティネーションに茶産地を加えたい
Q: 最初からインバウンド需要を想定してティーツアーを作ったんですか?
松本:いえいえ。僕たちはもともと新規就農ですから、地元の茶農家さんからすると、よそ者の集まりなんですよね。よそ者、若者、バカ者の集まりです。色々と大変でした。
それは筆舌に尽くしがたい経験もたくさんしました。
当初、確固たるブランドも経験も販路も信用もありませんからね。そして他のお茶屋さんの裾を欠くわけにもいかないので、新たな方法を選ばないといけない。
そこでネット通販を始めたんです。2004年のことでした。僕ら茶農家のこだわりを出すために「荒茶(あらちゃ)」をノンブレンドで茶畑直送することをウリにしました。今でいうシングルオリジンですよね。今でも荒茶を販売していますが、常識はずれなことを続けさせてもらっていると思います。
5年くらいネット通販に専心して、独自ドメインの他に楽天などのモールにも出店しました。「訳あり商品が売れる!」とアドバイスを受ければ、訳あり商品を無理くり作ったりもしましたが、「自分たちがやりたいのは、こんなふうに売上を作るためにお茶を売ることじゃないよね」ということに5年くらいたってようやく気づき、茶畑オーナー制度(1日約50円で茶畑一坪のオーナーになれて、年に四回、厳選されたお茶を受け取れるサービス)を始めました。
2009年のことでした。開始より4日間で100人もの方が茶畑オーナーになってくださるほどの好評を得ました。「これだ!」と思いましたね。
その後、人気テレビ番組「ガイアの夜明け」でも取り上げていただき、もうかれこれ15年以上、茶畑オーナー制度を運営しています。
オーナーさまに届けるお茶たち
そして2004年には、海外への日本茶の普及ツアーに行きはじめました。最初は、町の商工会が「ジャパンブランド」という経産省の助成金を取ってきてくれて、ヨーロッパに行きました。
そんな感じだったので、2008年には英語版のオンラインストアも作りました。自分たちの手作りサイトだったのでひどい英語でしたけどね。大昔のmade in china 製品のような「ください」が「くだちい」になってるレベルの英語です。やばかったですね。そんなひどい英語でも買ってくれる海外の方がおられて、驚きました。
そして友人から「茶畑に行きたい外国人がいるんだけど」という相談をもらって、ティーツアーをやってみることになりました。
当初は「お金払ってまで茶畑を見たい人なんておらんやろ」と正直思っていました。2010年、最初の年は、20人くらいが来てくれました。その後、少しずつ増えて、受け入れ体制も整えて、今に至ります。でもやっていることお茶を淹れて、茶畑や茶工場を見せて……と、基本的には何も変わっていません。
Q:今後、茶畑ツアーに期待することは何ですか?
松本:ツーリズムとブランディングは非常に強固な関係にあります。
まず、日本に観光に来る人は日本が大好きです。そんな日本好きの中でも茶産地まで来る人は、とりわけ日本が好きな方々です。
その時点でありがたい話なのですが、その人達にきちんと産地の魅力、お茶の魅力を伝えることができれば、旅を終えて帰国しても「お茶がおいしかった」「和束に行くべきだ」とまわりに話してくれます。つまり強力なブランドの発信者になってくれるのです。これがツーリズムとブランディングの関係です。
だから、現地ツアーができること、それ自体がブランドになるし、現地ツアーができればブランドが強力になる。この強い相互関係を意識して、ティーツアーは設計されています。言ってしまえば、住宅展示場での見学会みたいなものですね。気軽に来てみると、帰る頃にはマイホームが欲しくなるみたいな。言い忘れていましたが、むかし僕はハウスメーカーの営業マンだったんですよね(笑)
ティーツアーでおぶぶのファンになってもらうのは当然のことですが、それは和束や京都、ひいては日本を好きになってもらうことにもつながると思うのです。ですのでツーリズムは国の安全保障にもつながると思うんですよね。
ティーツアーの様子。参加者は海外から訪れてくれた方ばかり。
ですので、寺社仏閣、温泉、旅館、和食……という日本旅行のデスティネーションに「茶産地」を加えるのが僕たちの野望です。
日本文化体験×お茶体験で「お茶のワンダーランド」をつくる
Q:茶業界の未来はどんなふうになっていくと思いますか?
松本:おぶぶ茶苑のある京都・和束町に限っていうと、お茶の生産者がどんどん減っているという実感があります。
今後、茶農家の数を維持していくのは難しいでしょうから、新規就農が増えるかどうかが茶業界の未来を決めることになるでしょう。とはいえ、新規就農するにしても、生産をメインに据えるのは厳しいかもしれません。
その点、ツーリズムや茶畑オーナー制度、国際インターンなどをかけ合わせば、伸びしろはまだまだあると思います。
手摘みイベント。手を挙げているのが松本さん
そして、お茶を作りたい人はどんどん作ればいいと思います。リタイアした茶農家さんから茶畑を借り、機械を譲ってもらったり、工場を使わせてもらったりして。
やめたい人と始めたい人、やる気のある人とお茶をうまく結びつける仕組みをつくることも、僕たちがやりたいことなのかもしれません。それができれば、茶業界は僕たちが想像する以上におもしろいものになるだろうと思います。
Q:その他、ティーツアーに関して今後やりたいことはありますか?
松本:今後は集客にも力を入れていきます。
茶工場で作業をする松本さん
具体的には、和束の弱点である「アクセスの悪さ」を改善していくつもりです。
マイクロバスを毎日運行させて、京都駅からダイレクトにお客さまをお連れするというのが現時点での案ですね。これにより、1万人近くを受け入れられるようになるので、それにより茶畑オーナーさんも増えていったらいいなと期待しています。
地域の方と開催したコラボイベント・餅つき大会
それに伴い、地域の人たちと一緒になって、他ではできない体験を提供していきます。たとえば、日本一の手もみ製茶の職人に直接手もみ製茶を教えてもらうとか、三代つづく和菓子屋さんと餅つき体験ができるとか……。
日本の文化体験とお茶体験を組み合わせて、お茶を楽しく学んだり体験したりする「お茶のワンダーランド」づくりに取り組んでいきたいです。
All photos byおぶぶ茶苑