《茶✕北限》限界を超えろ!北海道に7000本の茶樹を植え、茶生産を目指す「北限のお茶」プロジェクト。【緑碧茶園/興梠洋一】

お茶の木は、中国雲南省原産の亜熱帯植物。そのため世界のほとんどの茶産地は、緯度の低い南国にある。

世界の茶産地からみると日本は、トルコ、イラン、グルジア等とならぶ、お茶の北限に位置する国だ。実際、日本の茶生産は西日本に集中しており、秋田県檜山、岩手県気仙沼にも茶畑は点在するが、お茶の商業的な北限は新潟県村上市と茨城県大子町を結ぶラインといわれている。
しかし、その北限を大幅に北上させ、北海道・ニセコでお茶づくりに挑戦している人達がいる。全国に140店舗以上を展開し、2020年に本社をニセコに移転した[世界のお茶専門店ルピシア]と、日本最南端のスキー場がある宮崎県五ヶ瀬町にて40年以上にわたり、お茶を生産する釜炒りの巨匠・興梠洋一(こうろぎよういち)さんたちのグループだ。

2015年より始まった「北限のお茶」プロジェクト。

2022年には樹齢40年以上、7000本ものお茶の木を静岡から移植。これまでにない規模と方法で「北限のお茶」への挑戦を続けている。

今回はそんな「北限のお茶」プロジェクトの創始者・興梠洋一さんにお話を伺った。

興梠洋一(こうろぎ よういち)
1962年生まれ
1987年に二代目として就農し、茶業の道へ入る。1995年にお茶専業農家五ヶ瀬緑製茶として本格的に茶業経営を行う。2015年より株式会社ルピシアと、北海道ニセコ町にお茶の木を植栽する。2020年から株式会社新雪谷茶園(ニセコ茶園)を設立し、ルピシア「北限のお茶」プロジェクトをスタートする。2023年、株式会社緑碧茶園(ルーピー茶園)に名称変更(株式会社ルピシア グループ会社)し、現在同社の社長を務める。釜炒り製玉緑茶部門にて通算農林大臣賞17回受賞。その他日本茶アワードやジャパンティーセレクション パリ、ザ・リーフィーズ インターナショナル・ティ・アカデミーなど国内外でも数々の賞を受賞している。受賞歴「五ヶ瀬緑製茶」
・釜炒り製玉緑茶部門(全国、九州、県大会)で通算、農林大臣賞17回受賞
・日本茶アワード
2019年 萎凋釜炒り茶 華菜 釜炒り茶部門 審査員奨励賞 受賞
2021年 焙煎釜炒り茶 奏燻 釜炒り茶部門 ファインプロダクト賞 受賞
・ジャパンティーセレクション パリ
2021年 萎凋釜炒り茶 華菜 釜炒り茶部門 金賞 受賞
2022年 八朔の花紅茶 はなえみ その他の部門 グランプリ受賞
2022年 焙煎釜炒り茶 奏燻 釜炒り茶部門 銅賞 受賞
・ザ・リーフィーズ インターナショナル・ティ・アカデミー
2022年 八朔の花紅茶 はなえみ 金賞 受賞

始まりは、スキーリゾートのニセコにお茶を植えてみよう!だった。

Q:「北限のお茶」プロジェクトについてお聞かせください。

興梠:この取り組みを始めたのは2015年6月ですが、もともとのきっかけは、2013年頃にルピシアグループの水口会長とイベントでお会いしたことがすべての始まりでした。

当時の私は、夏はお茶の仕事をしながら、冬はスキー場で働いていました。ある年の冬、ニセコの保養所にいて、そこでツバキの木を見つけて、「お茶もツバキ科だから北海道でも育つのでは?植えてみよう!」と思いついたんです。

イベントで会長にその話をしたところ、挑戦やおもしろいことが好きな人ですから、「応援するよ」と言ってくれて。それがお茶の露地栽培の北限を目指す「北限のお茶」プロジェクトの始まりでした。

最初の年(2015年)は42本の苗木を植えたんですが、大量の積雪によってぺちゃんこになってしまいました。冬を乗り越えて翌年まで残ったのはたった17本でした。

そのときに植えた苗木は本当に多様で、1年生の苗木もあれば、2年生の苗木もあり、山に生えている苗木を持ってきて植えてみたりもしていました。実験的な色合いもあって、言わば「ノリでやってみた」という感じでしたね。

その中に、雪に強い「さやまかおり」という成木(せいぼく)がありました。30年も経った硬い木で、根がしっかりしているので、無事に冬越しができたのです。

その成果をヒントに、2021年6月には茶樹「さやまかおり」600本を植樹しました。そして翌年2022年5月には、静岡県のお茶農家さんの放棄茶園から譲り受けた約7000本の茶樹を一般公募で集まった参加者とともに植樹しました。このときは、樹齢40年以上のチャノキ7000本をニセコの茶園に植えました。今のところ2~3割ほどが生き残っていますね。

大量に植えてみようプロジェクト7000本の茶樹を植栽した「北限のお茶」プロジェクト

Q:初めてお茶を収穫できたときの手応えはいかがでしたか?

興梠:2015年に植えたお茶がやっと収穫できたのは5年後の2020年のことでした。

初めて茶葉を蒸し、香りを嗅いで飲んでみたときに「これはいけるな」と確信しました。まるで春から秋が混ざりあったような、他にない味と香りで、「北海道という土地の生命力がお茶に息づいている」と感じたことを覚えています。

お茶2020年に初摘みされたお茶

温暖化は追い風ではない。これまでの北限を超えた苦労の先にある、北海道でしか作れないお茶をつくる

Q:お茶の露地栽培の北限といわれる東北地方よりもさらに北で茶栽培をするという「北限のお茶」プロジェクト。これまできっと多くの苦労があったことと思います。

興梠:いろいろ試行錯誤してきました。寒さゆえの失敗だけでなく、異常気象の影響で、虫が大量発生したりとか、花がつきすぎたりすることもありました。

「地球温暖化で暖かくなれば、北海道でもお茶が育ちやすくなるでしょう」と言われることもありますが、それだとつまらないお茶になるだろうと思うんです。北海道でしかつくれない、ここだけのお茶、おもしろいお茶をつくるには、苦労が必要というか……そういう側面もあるような気がしますね。

大変なことはいろいろありますが、ここで茶を植えたということは、自分自身に対する挑戦でもある。この挑戦に対して、しっかり向き合っていくのが正しいのだろうと思っています。

日本でつくるお茶といっても、今の時代は「こういうお茶じゃないといけない」という枠がなくなってきています。

生産者の方々がそれぞれ作るお茶で表現していって、多様性のあるお茶づくりが実現してきています。そういう意味でも、これから5年先、10年先にニセコをはじめとする北海道でお茶作りができたとするならば、そのときには、ものすごく輝くものが出てきそうな気がしてますね。

ニセコの茶園ニセコの冬。地面はすっかり雪に埋もれてしまう
Q:この事業の一番の魅力をお聞かせください。

興梠:北海道に生まれ育った人、北海道の子どもたちは、「お茶の葉や木を見たことがない」「初めてお茶を摘んだ」という人がたくさんいます。そんな人たちにお茶という存在を伝えられることが魅力ですね。

Q:興梠さんにとって日本茶はどんな存在ですか?

興梠:ずっと取り組んできたものですから、自分そのものでしょうか。

日本茶の美しさ、爽やかな新緑の香りと味というのは、やはり日本人にしか表現できない繊細さがあります。新しいお茶を作りながらも、本来の「日本茶の魅力」を伝えていきたいです。

Q:ベンチマークやライバルはいますか?

興梠:一緒にいろいろな取り組みをしている茶匠さんたちでしょうか。「お茶が好き」「お茶をもっと広げたい」という思いの人たちを目にして、私も頑張っていかなくちゃいけないなと思います。

私の仕事は「伝えること」。北限の地から茶業界を盛り上げていく

Q:これからのビジョンをお聞かせください。

興梠:私はお茶づくりとともに「伝えること」も仕事だと思っています。まわりの人に「これまでの北限を超えてもお茶が育つんだ」という活動に挑戦して、お茶の魅力にまだ気づいていない人に興味を持ってもらって、茶業界を盛り上げていきたいです。

北海道の人たちは屯田兵のように開拓精神のある人たちですから、私たちが新しいことに挑戦していれば、きっとその活動は自然と広がっていくものと思います。そうすれば面白いですよね。

Q:「北限のお茶」プロジェクトでは、なにか具体的な目標を設定されていますか。

興梠:現時点ではそこまで具体的な目標はありません。今後うちの茶園がきれいな成園になって、機械を入れて製茶できるくらいの量になったらいいなというイメージはあります。

今、五ヶ瀬とニセコに茶園を持って、一つの会社にさせてもらって、「北限のお茶」プロジェクトに取り組ませてもらって……。これも一人の農業者として、残せた成果だと思っています。しかしそれより、いちばんに思うのは、このプロジェクトを進めるにあたっては[世界のお茶専門店ルピシア]の大きな後押しがあってこそ成功しています。

私のお茶づくりに対する思いと、本社を東京から北海道へ移すという大きな挑戦を実行した[世界のお茶専門店ルピシア]全体の思いがあってのことです。

一人ではできなかった挑戦を同じ志をもつ企業との共同によって実現させることができたことは、昨今農業経営が厳しいといわれる中での新しい農業経営に繋がるのではと思っています。

ニセコでも紅茶や烏龍茶といった、いろいろなお茶づくりに挑戦することで、日本茶の多様化に貢献したいと考えています。そうした挑戦やこれまでにない新しいスタイルを次の人たちに伝えていきたいですね。

お茶摘み2023年に行われたお茶摘みの様子
最近、土壌などに詳しい専門家とタッグを組み始めました。

これまでは自分たちの経験ベースでやってきました。行き当たりばったりでやっていた部分もあり、実験の検証もほとんどできていません。

「今の技術が100%だ」「自分たちの技術が100%だ」という勘違いがたくさんあるはずなので、それらを捨て去って、楽しいことをやっていきたい。自分たちが感覚でやっているものと、専門家が理論的にやってくれるもの、その2つのものが同じ場所に植えられて育っていくとしたら、おもしろいじゃないですか?

まだまだ挑戦の途中ですし、これからが本当に楽しみですね。

茶畑㈱緑碧茶園 五ヶ瀬茶園の茶畑

Q:これからの茶業界に期待することは何ですか?

興梠:世界に向けて、多様性のある日本茶のあり方をしっかりアピールしていくことが求められるのではないでしょうか。

今は生産者も前に前に出ていく時代なので、それぞれが自分たちのお茶の魅力を表現して、消費者に伝えていくべきだと思います。それができれば、茶業界の未来は決して暗くないはずです。

日本の生産者には、個性豊かな力を持った方たちがたくさんいます。そういった、これからの日本茶を支えていく方々のいっそうの活躍が楽しみです。

All photo by. ㈱緑碧茶園