《茶✕オーガニック》オーガニックと認証。農薬不使用で手摘み、棚がけ栽培で石臼挽きの抹茶がひらく新世界。【赤堀製茶場/赤堀正光】

2000年代以降、抹茶が世界的に人気だ。しかし人気の抹茶は、抹茶アイスに代表される、食品加工用のフレーバー(風味)としての抹茶だ。

加工用抹茶の需要拡大と煎茶の需要減少により、各地で抹茶の生産が始まり、2021年には、鹿児島が京都を抜いて、てん茶(抹茶の原料)生産量日本一となった。

そして、抹茶の人気と同期するようにオーガニック(有機無農薬栽培)の農産物への移行も世界的なムーブメントだ。1999年、日本でもJAS認証のオーガニック(有機農産物)認証制度が導入された。2022年には農水省による「みどりの食料システム戦略」の推進がはじまり、さらにオーガニックへの流れが加速されると思われる。

しかし、オーガニックと言えば、「認証」が当然のようであるが、現実は、国内で農薬不使用に取り組む農家の6割以上が「オーガニック認証」を取得していない。「オーガニック認証」制度には、さまざまなコストがかかり、小規模な農家にとっては負担が大きすぎるからだ。

そのような状況のもと、古くからの抹茶の産地、愛知県西尾市にて、5代にわたり抹茶を生産する茶農家である赤堀製茶場の赤堀正光さんの取り組みをここで紹介したい。赤堀さんは2017年より、農薬不使用・有機農法に取り組んでいる。そして棚がけ栽培、そして手摘み収穫、伝統的な碾茶炉で製茶し、石臼挽きの抹茶を生産・販売している。

日本で唯一ともいえるこの抹茶の生産に挑戦しつづける赤堀さんにお話をうかがった。

赤堀正光(あかほり まさみつ)
地元実業高校を卒業後、京都有名老舗問屋にて2年間住み込み修業を行い、2000年に家業である赤堀製茶場へ就農。栽培から製造、お茶に関するノウハウを勉強し2012年に5代目に就任した。
地域学習で子供たちとのふれあいなどを通し、安心して手にとってもらえるお茶作りをしたいと考え、減農薬栽培に挑戦。2017年より農薬不使用栽培に切り替え、有機農法にも取り組み中。
また、土日にはキッチンカーでこだわりの抹茶を振舞う。

古くからの抹茶の産地・愛知県西尾。この地で五代にわたり抹茶をつくり続ける赤堀製茶場とは。

Q:赤堀製茶場についてご紹介ください。

赤堀:弊社のある愛知県西尾市は、古くからの抹茶の産地です。

西尾に初めて茶の木が植えられたのは、約750年前、と言われています。明治初期に碾茶(てんちゃ/抹茶の原料)の栽培が本格化しました。赤堀製茶場もその頃から碾茶の栽培をしている、現在では僕で5代目になる茶農家です。

いまは農薬不使用栽培をしており、有機肥料を使った茶栽培にも取り組んでおり、収穫・製茶から販売まですべて行なっています。

キッチンカーイベントなどに出動し、お茶を振る舞ってくれるキッチンカー
僕が思ったことはやってみたくなってしまうタイプの人間なので、その他にもキッチンカーでのイベント出店や事務所を改装して家族で小さなカフェを運営していたり、地元の小中学生の茶摘み体験や職場体験などを受け入れたりもしています。

茶畑は、なんだかんだで広がって約8haあります。ほぼ棚がけ被覆で栽培をしています。直がけ栽培は0.3haくらいですね。

※棚がけ栽培と直がけ栽培
抹茶の原料であるてん茶の栽培は、茶畑に棚をつくる伝統的な棚がけ栽培と、遮光ネットを茶の木に直接かぶせる直がけ栽培の2種類がある。茶道のお点前用に使用される抹茶は棚がけで生産される抹茶が多い。抹茶チョコなどの食品加工用の抹茶は、直がけで栽培された抹茶が使われることが多い。

手摘み・棚がけ・農薬不使用・有機肥料のみという茶づくり

Q:手摘みで収穫・棚がけ・農薬不使用・有機肥料のみ使用という抹茶を生産をしている方は赤堀さん以外にもいらっしゃるのでしょうか。

棚がけ栽培棚がけ栽培の様子
赤堀:西尾では棚がけ栽培で生産している方はたくさんおられますが、手摘み・棚がけ・農薬不使用・有機肥料の全部やっている方は聞いたことないですね……。

ただ、うちの場合、農薬不使用かつ有機農法にも取り組んでいますが、栽培しているお茶がすべて有機という訳ではありませんし、まだオーガニック認証は取得してないんですよ。

うちは卸販売も多いです。しかし農薬不使用・有機肥料でつくったお茶だとしてもオーガニック認証を取得してないと、オーガニックであるという価値を評価してもらえなかったりします。

その一方で、農薬不使用・有機肥料で栽培しようとすると、生産量は、慣行栽培に比べて減ってしまい利益が少なくなってしまいます。

そう考えると僕自身も農薬不使用・有機農法でお茶をこれからも育てていきたいので、オーガニック認証はあったほうが良いなと思っています。取得したいと思ってはいるのですが、なかなか忙しくて認証取得のための作業まで手が回っていないというのが現状です。

「オーガニックが売れるから無農薬を選んだのではない」

Q :農薬不使用のスタートとなったきっかけを教えてください。

赤堀:茶畑の面積が大きいと、毎日農薬を撒いたとしても追いつかないじゃないですか。虫も減らないですし。無駄に農薬をかけるんだったら……と考え始め、気がつけばやめてしまいました。いちばんの理由はこれですね。

棚がけ栽培赤堀製茶場の茶畑。棚がけで育てている面積がとても多い!
後押しとなったきっかけは地元の小学校のPTAでした。PTAの役員をしていたとき、子育て中の親御さんとの交流があり、こどもの発育や健康、食の安全について考えることが増えました。そこで至った結果が「農薬を散布しない」でしたね。

農薬を撒くと撒いている自分自身の身体にも悪影響ですし、赤堀製茶場に隣接するご近所さんへの影響も考えると無農薬栽培に挑戦したほうがいいなと思えました。

Q:農薬を使わなくなってから、茶畑はどのように変化しましたか。

赤堀:農薬不使用を始めてから、4年目ぐらいまでは悪くなる一方でした。5年目ぐらいからちょっとずつ場所によっては茶畑そのものが強くなっていきました。

Q:「茶畑そのものが強くなった」というのはどういったところから感じられたのでしょうか。

赤堀:木々が生き生きしてるんですよね、強そうな感じがするんです。例えば、化学肥料を与えているところで育つ茶樹は枝数が多いなと思うんですよ。

赤堀製茶場の茶園は農薬に頼らず、できる限り有機農法を取り入れることを意識した栽培方法なので、農薬不使用・有機農法で育った茶樹の枝がしっかりとしていて強さを感じます。ただ、枝数が少ないと芽の数も少ないので、収穫量は少なくなってしまいますけれどね。

Q :赤堀さんが農薬不使用で栽培を続ける理由を教えてください。

赤堀:正直なところ、卸問屋さんからは、オーガニック栽培は割に合わないし、自分たちとしてもいい値段で買ってあげられる訳ではないから農薬を使って、虫に喰われたりしていない綺麗な茶葉を多く生産してよと言われたりもするんですけれどね。

赤堀さん

ただ、僕としては先程お話したように、体に負担をかけない、体に良いお茶をつくりたいと思っています。

農薬不使用かつ有機農法にも挑戦した栽培をまだ多くの人が手がけていない状況だとも思います。僕は自分が茶業界の、生産者のみんなよりも先のことに取り組んでいると思い続け、これからも一切信念を曲げずにこの栽培を続けていきます。

「こだわったお抹茶を作りたい」手摘みで抹茶をつくり続ける理由とは

Q:赤堀製茶場ではお茶はすべて手摘みで収穫されているのでしょうか。

赤堀:いえ、すべて手摘みではなく、機械摘みもしています。

Q:手摘みで抹茶をつくろうと思ったきっかけを教えてください。

赤堀:中学生の勤労体験学習のためというのが理由の一つですね。中学生だけでなく、地元の小学生たちがお茶摘み体験したいと言ってくれたりするので、無料開放して、好きなだけ摘み放題をしていたりもします。

手摘み手摘みの様子

Q:どの品種を使って抹茶をつくっているのですか?

赤堀:品種は、「さえみどり」「おくひかり、」「べにふうき」「おくみどり」です。

Q:「べにふうき」で抹茶をつくっているんですか!珍しいですね。どうして「べにふうき」で抹茶をつくろうと思ったのですか?

赤堀:他の3品種の苗を見つけたのと同じタイミングで「べにふうき」も見つけたんですよね。なので「つくってみるか」という感じでつくり始めました。

Q:「べにふうき」の抹茶の出来はいかがですか?

赤堀:悪くないと思います。

花粉症がひどいある方がいて、その方が「べにふうき」の抹茶を飲んで楽になったと言ってくださったりしたこともありました。

Q:今後も手摘みの抹茶は増やしていく予定ですか。

赤堀:新たに5品種増やそうと思っています。ちょうど今、どの品種を増やそうか悩んでいるところなのですが……今流行りの「せいめい」「きらり」そして「サンルージュ」で生産しようかなと思っています。

Q:サンルージュの手摘みの抹茶なんて聞いたことないですが…。紫というかピンク色っぽい抹茶ができるかもしれないですね。

赤堀:実際につくってみないとまだなんともわからないですが、どういった色になるのか楽しみです。

まだまだ伸びしろが多い抹茶の世界。これからも体により良い抹茶をみなさまへ。

Q:赤堀製茶場は今後どうなっていく予定ですか?

赤堀製茶場

赤堀:いま、赤堀製茶場の前で道路工事が行われているのですが、この工事が終わらないことには新しく何か建物や設備をつくりたくても、できないんですよね。水はけなども様子見てから建てたいじゃないですか。

でもいまはそういった建物を建てるというのはできないので、とりあえずやれることからやろうと考えて、キッチンカーを始め、カフェを始め……と順をおってやっています。これを最終的には自社のサプライチェーンにできれば良いなと思っています。

ゆくゆくは観光農園事業にも力を入れていきたいなと思っています。

Q:赤堀正光さんはどんな人ですか?

赤堀:どんな人なんですかね。わがままな人です(笑)

思いついたことをすぐに行動に移してしまうので、家族や周りの人は大迷惑を受けていると思います(笑)僕としては、それでも一緒にやってくれるので大変ありがたいですね。

抹茶カレー赤堀さんが持っているのは人気メニューの抹茶カレー
常に一緒のことをやるのは楽しくないというか、おもしろくないんですよね。

Q:赤堀さんにとって、日本茶とはどのような存在でしょうか。

赤堀:日本茶とは。……やっぱりどうやっていったらいいかな。

日本茶とは「健康を維持できる飲みもの」だと思います。

Q:日本茶の難しさを感じることはありますか?

赤堀:生産者の目線になってしまいますが、自然には逆らえないことです。ただでさえこのご時世、年々気候がおかしくなっていますよね。

毎年、気候がどんどん変わってしまうので、それに合わせた日本茶の栽培が一番難しいですね。

正直なところ、昨年(2023年)の春はダニが大量発生してしまい1/3から半分くらいはやられてしまいました。昨年の秋冬も暖かくて……越冬する虫が多くいるんじゃないかと危惧しているところです。手で虫たちを取りのぞいたりもしていくんですが、キリがなくて、天敵に任せるほかないのかなと思ったりもします。

農薬を使わなくなり、有機農法に取り組むようになり数年経ちますが、まだうちの茶畑は生きものたちから見ると発展途上の環境です。環境が整えば、虫が出てもその天敵も住むようになり、より良い茶が生産できるようになるのかなと期待しています。

Q:これからの茶業界の未来はどんなふうになってほしいですか?

赤堀:西尾だけの話ではないですが、日本には茶産地が各所にたくさんありますよね。日本茶にはそれぞれの場所で産地ごとの特徴があると思っていて。

最近では何か目新しいものをつくろうという動きも活発に見られますが、そうではなく、もう一度原点に立ち帰り、なぜその産地で、その日本茶がつくられてきたのか、という教育が行われた上で日本茶が生産されるようになるといいなと思っています。

例えば、ここ。愛知県・西尾では抹茶の産地として碾茶がつくられるようになり、一大産地となりました。それはなぜなのか、どういった歴史があるのか。そういったことまでみんなが知っているというようになってほしいです。

All photos by 赤堀製茶場