《茶✕新規就農・6次化+α》茶畑から茶室まで、産業から文化まで背負って立つ大志と行動。カルチャープレナーが進める茶業界と茶文化の再起動。【TeaRoom CEO / 岩本涼】

岩本さんサムネイル

「ピカソとゴッホ」

この偉大な芸術家の二人は、対照的だ。

ゴッホは生涯で2000点もの作品を残したが、生前に売れた絵は、たった一枚。その価格は400フラン(現在価格に換算して十数万円)、一生貧乏だった。対してピカソは15万点以上の作品を残し、芸術家として経済的にも成功し、晩年には7500億円以上の資産を築いた。

この逸話は、芸術と経済、バリューとマネタイズの文脈でよく引き合いに出される話だ。

需要拡大が叫ばれる茶業界は、生産の現場から茶室に至るまで、業界全体がゴッホとピカソの話のように、その価値(バリュー)が十分に換価(マネタイズ)されない状況が続いている。

つまり、茶畑から茶道に至るまでの茶業界全体、ひいては日本文化全体が「価値の塊」なのに、換価されぬまま、「武士は食わねど高楊枝」を続けている。

このような現状を憂い、立ち上がったのが株式会社TeaRoom代表取締役の岩本涼さんだ。岩本さんは、9歳で茶道に魅了され、大学在学中の2018年、お茶で起業。現在、東京に拠点を持ち、静岡に茶畑と製茶工場、京都・金沢などにも活動拠点を広げ、世界を飛び回る。

茶畑→茶室、茶生産→茶文化に至るすべてを統合して担う岩本さんたちの活動は、現在の茶業界全体、日本文化全体が抱える価値(バリュー)を十分に換価(マネタイズ)できない暗闇に輝く太陽だ。

岩本さんたちの大志と思考と行動は、常人の理解をはるかに超えており、正直難解だ。しかしその大志と思考が徐々に形となり、岩本さんたちへの期待と評価も高まっている。カルチャープレナー(文化起業家:カルチャーとアントレプレナーを掛け合わせた造語)として、今日も世界を飛び回る岩本さんにお話をうかがった。

岩本涼(いわもと りょう)
1997年生まれ。茶道裏千家にて岩本宗涼(準教授)を拝命。21歳で株式会社TeaRoomを創業。静岡県に日本茶工場を承継し、第一次産業へも参入。「Forbes 30 Under 30 Asia 2023」選出、株式会社中川政七商店の社外取締役、一般社団法人文化資本研究所代表理事。

「人々が豊かに生きるために蓄積してきたもの」を体験するためのツールの一つ、それが茶道であり茶室である。

Q:まず最初に岩本さんのことを教えていただけますか。

岩本:現在、株式会社TeaRoom(以下、TeaRoom)の代表取締役であり、茶道裏千家の準教授も務めております。

岩本さんTeaRoomのオフィスへお邪魔した際、お茶を淹れてくださった岩本さん
僕自身は社会が求めるものの中で、自分ができる、もしくはできる可能性のあるものに対して全力で向き合っている人間です。

得意なことは抽象化と具体化、社会の現象の把握、全く異なる二項を文脈を通して繋ぎあわせることです。

Q:茶道裏千家準教授である岩本さんは9歳から茶道を習っていたとお聞きしました。岩本さんにとって茶を点てる「茶室」とはどんな場所だったのでしょうか。

岩本:居心地の良い、優しさを感じる場所でした。

茶道の作法の一つに、亭主は一碗の茶を点て、客人はそれを「お点前を頂戴します」と挨拶をしてからいただくというのがあります。そのやりとり、ひいては茶室の中では外界での肩書きや立場などは一切関係がなくなります。

茶道幼少期のころの岩本さん(photo by TeaRoom)
外界で何があろうとも、茶室内では一人の人間としての振る舞いが求められ、相手をどれだけ想えるかが論点となります。そのため、僕は「茶室」という場に居心地の良さを感じたのだと思います。

Q:多くの人にとって茶道は敷居の高いものだと思われていると思います。岩本さんにとっては敷居が高いどころか、居心地が良い場所とのことですが、どうして敷居の高さを感じなかったと思いますか。

岩本:茶道を幼少期の頃から習っていたということと、空手を習っていたこともあり、そもそも「型」というものに対して違和感を全く持っていなかったことが理由だと思います。

茶道も空手も、どちらも幼い頃から習い始めたものだったので、「型」に対しての無理な論理づけも必要なく、柔軟に受け入れられたんだと思います。

Q:多くの人にとって茶道の敷居が高いのはなぜだと岩本さんはお考えですか。

岩本:茶道界への新規参入や新たな取り組みをすることが難しい流れが発生したのも要因の一つだと思います。

茶室(photo by TeaRoom)
Q:​​具体的にどうしたら茶室の敷居は低くなり、多くの人が茶室に優しさや居場所感を感じられるようになると思いますか。

岩本:3つのことが必要になるかと思います。

一つめ。「型」ではなく「思想」を伝える場が茶業界、さらには日本文化の中で立ち上がっていくこと。作法や礼節を伝えるだけのマナー講座ではなく、思想を伝えるコーチングスクールのような場になり、提供価値の変化を生み出す必要があります。

二つめ。茶道を始める方の関心にあわせて、より良い稽古場を選べるようになること。これは一つめにあげた提供者側からの提供される価値の変化はもちろん、入門する方々も関心は人によって多様かと思います。その多様なニーズを汲み取る形を増やしていく必要性があります。

三つめ。入門する前に茶会や茶事の接点を増やし、体験を行なってからお稽古を始めること。入門したいと思っている方々と目的意識の確認をし、体験→稽古の流れを経ることで、その人が何のために稽古をするのかという目的を見せられるようにする必要があると考えます。

この三つが整えば、茶室や茶道に対しての接点を持ちやすくなると考えています。

Q:茶道の始まりから発展、そして現在に至るまでをみると、茶道には「権威性」「特権性」という性質があるような気がします。その点についてはどう思われますか。

岩本:特権性は大切だとは思いますし、同じ機能は人が集まれば必ず生まれますが、それだけではないと思っています。

趣味、教養としてという文脈ではなく、「思想としての茶」を持つべき時代だと考えています。

茶道茶会にてお茶を点てる岩本さん(photo by TeaRoom)
TeaRoomでは文化を「人々が豊かに生きるために蓄積してきたもの」と捉えています。

その点では、ウェルビーイング等の文脈も含めて、豊かに生きることをテーマとしている中で、必ずしも「稽古」という形ではなくても、それを感じることのできる体験やツールの創造が必要になると感じております。そして、そうした研究を行う会社として[文化資本研究所]を立ち上げました。

文化と産業の対立・境界をなくし、新しく・豊かな社会をつくる

Q:岩本さんが代表取締役を務めているTeaRoomの取り組み内容と実際の事業について教えてください。

TeaRoom(photo by TeaRoom)
岩本:TeaRoomは「対立のないやさしい世界をつくる」ことを理念として、文化や日本茶を通じて豊かな社会を育んでいくチャレンジをしている会社です。

弊社では対立の中でも、特に文化と産業の対立をなくすことをミッションとしています。体験をつくる文化産業と、プロダクトをつくる日本茶産業をシームレスに繋げ、新たな産業を起こすということにフォーカスしています。

具体的には生産から文化創造までのサプライチェーンを垂直統合し、顧客に提供する価値を研究開発から製品開発、流通、プロダクト開発や空間創造、体験創造、オペレーション構築まで一貫して行うことで、エンドユーザーに対して理念が伝わるような設計をしています。

事業名としては、Tea事業部(製造・卸事業部)、共創事業部、文化事業部の3事業を展開しています。

Q:対立のない世界のシンボルがTeaRoom(茶室)と推察しているのですが、茶室におけるどのような点が、対立のない世界に通じるとお考えですか?

岩本:対立をなくすための要件のうちのひとつとしてTeaRoomでは「向き合うこと」「ギブをすること」を掲げています。

自分自身、他者、環境などと向き合い、リスペクトの心を持ってギブをすることの循環があれば、世界にある対立の全てを消滅できなくても、少なくなるのではないかと。

これはTeaRoom内の仮説であって、社会一般でそれが正しいかはわかりません。その上では、茶室は「空間構造」「行動様式」の2つを適切に整えることで、「向き合う」という精神性を発生させられると考えています。

「空間構造」とは、にじり口等に関連する空間自体の構造、その場を流れる空気なども含みます。行動様式は亭主、客人が行なう「型」を意味します。

この2つの要素を組み合わせながら、社会に実装していけば「向き合うこと」をしてもらえるだろうと。その先に何らかの行為をギブしたいと思うマインドセットにできる仕掛けがあれば、対立は少しずつなくなっていくのでは?と考えております。

Q:TeaRoomでは2019年にかつての共同茶工場を静岡で承継し、茶畑でお茶を育成、収穫、製茶するところから始められたのですよね。いわゆる新規就農ですが、茶業界に農家として新規参入してきて良かったことはありますか。

岩本:現場で当事者としての課題に気づくことができたというのが、我々が享受した価値としては非常に大きいと思っています。

事業承継をさせていただく期間に茶業界がどれほどまでに疲弊・衰退した状態なのかということを当事者として実感する機会があったことはよかったと思っています。統計だけでは見えない課題に気づくこともできました。

日本茶(photo by TeaRoom)
一般的に農業は「承継すればいいのでは」「お金出せば購入できるだろう」というイメージを持たれていると考えています。しかし実際は僕らの農業法人は登記するまでに2年の歳月を要したことにより、新規就農に対する規制がいかに厳しいものかを実感しました。

課題に対して当事者として気づくことができ、それを自らの文脈によって語ることができたのは非常に大きな接点だったと思います。

お茶摘み(photo by TeaRoom)
現在、伝統文化業界(文化)と茶業界(産業)、どちらの立場からも、お互いに触れることはできないが、リスペクトすべきだという位置関係にあります。

例えば、文化人は茶業界を否定するとお茶が使えなくなるということを理解しています。そして茶業界も、いまある茶業界を培ってきたのは文化の基盤があるからだということを理解しています。

お互いに対してのリスペクトや、学びたい、関わりたいという思いはあるものの、交わっていないのが実情です。

弊社が産業の川上から参入したことで、今だに分断している両方の業界に対して、双方を繋ぐ役割をとれるようになったということは大きいと思います。

社会課題化“されていない”ということに違和感をもつということ

Q:TeaRoomが創業から6年という歳月でここまで事業を進めることができた核心はどこにあるとお考えですか。

岩本:社会課題化“されていない”ということに対して違和感をもった優秀な方々がTeaRoomに入社してくれているからだと思います。

例えば、世間一般では「ソーシャルビジネス」がホットワードになり、福祉、環境の領域でのビジネスが盛んです。

一方で、TeaRoomはまだ社会課題になっていないものも扱っています。

社会の過半数以上がそれを課題だと判断しなければ社会課題として取り扱われず、政策にも入らないのです。今、社会で立ち上がっているベンチャーのほとんどはソーシャルビジネス領域の中でも社会課題化されたものに対して取り組んでいます。

ただ、「社会課題化されたものを扱っても意味がないよね」とおっしゃる方々もいらっしゃいます。なぜならば、社会課題化されているものは制度化されているからです。手法論まで明確になったものをわざわざスタートアップでやる必要があるのかという話になるのです。

Q:岩本さんが「社会課題化されていない」として問題視しているものはありますか。

岩本:僕はSDGsに文化や地域性の論点がないことも課題だと思っています。地域性、人間性の回帰に関する論点が多くあるにも関わらず、社会課題化されていない。

これらのような、社会ではまだ社会課題として認識されていないが、すでに違和感や課題感を見つけている方々がTeaRoomに関与してくださったり、入社してくることが最近だと増えています。その点は社会で近年よく語られる「インパクト」という話に接合していけるものだとも考えています。

茶業界の未来に必要なのは「社会からの評価、そして投資したいと思わせる環境づくり」

Q:岩本さんは日本茶を取り扱う難しさを何か感じますか。

岩本さん

岩本:僕個人としては、まったく難しさを感じていないと言えば嘘になります。しかし、あまりに茶業界は稼ぐことが難しい構造になっているということに、業界としての課題・難しさは感じています。

要するに需要の硬直化と川上部分でのプレイヤーの減少、さらに新市場に対するエコシステムの不在が、先ほどお伝えした茶業界のもつ課題の根本的な原因だと思っています。

Q:茶業界の課題の一つに需要の硬直化、川上部分でのプレイヤーの減少というお話がありましたが、詳しく教えていただけますか。

岩本:茶業界での課題である「需要の硬直化」は、需要の大半がペットボトル飲料に存在するというところや、日本茶の生産者である川上部分でのプレイヤーの減少による業界構造の崩れによるものだと考えています。

Q:健全な業界構造とはどのような構造でしょうか。

岩本:川上は基本的には少なく、川下にその需要を開拓するプレーヤーがたくさん存在するという状態が業界の健全的な構造だと考えています。

弊社ではよく半導体で例え話をするのですが、半導体は作ったら、パソコンになったり、スマートフォン、プロジェクター、車になったりと川下(=サプライヤー)にその活用方法がたくさんあります。だからこそ川上(=この場合は半導体メーカー)の価値が上がり、競争力をもちながら研究開発がなされていきます。

川下に需要があれば、川上で作られているものは評価され、投資されるはずなんですね。一方で、日本茶の場合は、先ほどお話した半導体の業界構造と真逆の構造にあるという現状があり、これを「需要の硬直化」と表現しています。

さらには、茶業界の構造上、仕方ない部分ではありますが、川下の需要開拓機能が低下し、茶価も下がってしまっています。

茶業界というフィールドにおいての話をします。海外のお茶の会社と比べると、日本の茶業界は日本茶のみを扱うというのが原則になっています。一方、世界だと「ティー」という枠組みのなかでコーヒー業界、ワイン業界、ウイスキー業界などのさまざまな業者がティー業界に投資し、イノベーションが起こっています。

日本では日本茶、特に緑茶を“どう売っていくか”という議論しかなされておらず、需要が開拓しきれていないというのが現状です。

Q:適切に需要を開拓していくにあたって必要な考え方とはどのようなものでしょうか。

岩本:以前、ノンアルコールのムーブメントが起こったとき、弊社もさまざまなアルコール業者と提携していました。

「ノンアルコールの品が欲しい」という場合のマーケットは明確に2つです。

一つはお酒が飲めない方。これは偏見ですが、お酒が飲めない方にとってメニューにはコーラや烏龍茶しか飲めるものがないという想定のうえで、求められるノンアルコールの品を作らねばなりません。その場合、アルコールメニューでいう所のカルーアミルクのような甘くておいしい味わいは、ノンアルコール品をつくるなかでの選択肢の一つとなると思います。

もう一方はお酒を飲んでいた方。彼らがノンアルコールへ移行するときに求めるのは複雑な味わいです。それまで複雑性のある飲料を飲んでいた方々が、急に複雑性のない清涼飲料水をノンアルコール品として提供されても物足りないと思ってしまう。

これらを念頭におき、茶業界に視点を戻します。
茶業界は、ノンアルコールのムーブメントが起きたときノンアルコール飲料として緑茶を届けようとしました。

しかし、マーケットが求めているものは、“ただの”緑茶ではないはずですよね。アルコールは「夜飲むもの」であることを考慮すると、おそらくカフェインが含まれていないものが良い。例えば、カルーアミルクのような、甘い抹茶ラテ。もしくは酒蔵と提携して蒸留・発酵の技術を学び、転用させた複雑性のある飲料。

これらを作るためにも、茶業界の視点からも、お客様が必要としているニーズ、需要開拓機能を重要視することが大切であると感じています。

付随して、ノンアルコールの領域を開拓したい場合、もともとアルコールを提供していた担い手と消費者がどのような嗜好を求めていたのかという理解が必要です。

茶業界のなかで、茶農家と商社と販売者が縦で繋がっていたとしても、お酒を飲んでいる方々の求めるニーズも、嗜好も、把握していなければ、日本茶を飲んでもらうということはできないのです。

TeaRoom 岩本涼

Q:需要の硬直化を解消させるのに必要なのは、マーケットのニーズと嗜好の理解ということになりますか。

岩本:もっとも重要なのは「社会がお茶を評価し投資したくなる環境を整えるべき」という視点です。

茶業界にお金がないならば、社会全体が日本茶を評価し、投資したくなるような環境をつくるべきです。そうすれば、茶業界にお金は流れてきますよね。

Q:TeaRoomのクライアントは日本茶を評価し投資したいと思ってくださっているということでしょうか。

岩本:弊社は400社ほどクライアントさんがいます。

注目され、お金が流れてくるマーケットは衰退しません。必ず発展していく産業に生まれ変わります。

Q:そういった考えのもとTeaRoomの3つの事業部、Tea事業部(製造・卸事業部)、共創事業部、文化事業部が構成されているのですね。

岩本:おっしゃる通りです。

共創事業部は、社会の皆さんに日本茶を評価・投資していただいて一緒に事業をつくっていくコンサルティングが主な事業内容です。

Tea事業部は、ただ日本茶を製造し、卸すだけではありません。他業界にお茶を評価いただき、取り込んでいただく方法を考え、かつ、他業界との橋渡しになるべきだという精神を開発しながら、日本茶を外の業界へ供給をするという事業部です。

文化事業部は文化という切り口から日本茶や文化を評価し、共感し関わりたいと思ってくださる方と一緒に事業をしています。

「社会にお茶を評価してもらい、投資していただく」ことを前提とした事業構築の手段を模索してきました。

文化で稼ぐ。「文化資本」に潜む価値を普遍化し社会へ実装するという挑戦

文化資本研究所(photo by TeaRoom)
Q:最近TeaRoomは[文化資本研究所]を立ち上げたりと、より文化に着目されているかと思いますが、具体的に文化事業部ではどのような取り組みをされているのでしょうか。

岩本:弊社の文化事業部は、[文化資本研究所]で文化を探索することと、企業とともに文化活動を広く活用する、ということを行っています。

[文化資本研究所]では伝統文化に眠る有用性や普遍性を抽出する研究や、社会に文化という切り口で地域性や人間性を評価していく動きを仕掛けています。

未来は予測不可能であるという前提ですが、明治期以降、茶道をはじめとする伝統文化は、あまりにもマナー講座、作法講座化されてしまいました。

一方で伝統文化は非常に価値が大きいものでもあると思っております。

伝統文化には、日本人の調和の精神、八百万の神の精神など全てが組み込まれていますし、禅宗などの宗教の影響も受けている。様々な日本の考え方を学ぶにはいいものであることは間違いありません。

しかし一方で伝統的な様式、つまり講座化された作法やマナー、様式のなかに考え方の真髄があるか?と言われると、僕はそうは思えないんです。

TeaRoom-Iwamoto

重要なのは、マナーや様式を伝えるよりも、その裏側にある考え方を伝えることだと思います。世界へ出ていく日本の方々が伝統文化である日本茶のマナーや様式を身につける必要はないかもしれない、一方で世界へ出ていく方々が、日本の文化をまとった状態で出ていくのは非常に大切なことだと思っています。

世界中の大学の方々が禅宗、日本思想、東洋思想に興味・関心はあるものの、それが「知」としてまとまっていない。これはそれぞれの伝統文化に携わる方々が身体知で、言語化をせずに承継をしてきたからなのですが、言語化しないで残していくと和食みたいになってしまうんです。

Q:和食のようになってしまうとはどういうことでしょうか。

岩本:今までは世界で人気な料理かつ健康的な料理は和食でしたが、今ではスカンディナビア料理などの北欧料理へ移り変わっている傾向もうかがえます。なぜかというと、北欧料理は英語圏で英語の論文が大量に書かれているからなんです。

結局、和食に関する論文が、日本語で書かれ、いくら世に出ようと、世界中の研究者には伝わらない。一方で英語での論文が大量に出ているスカンディナビア料理は、それを考察しまとめる人が出てきて、論文が書かれ、権威性が上がっていきます。

言語化し、それを研究し、いかにその伝統文化が次世代に必要な知恵となるのかということを発信していくことができない限り、その文化は衰退していきます。そういった観点から和食を考えると、僕は和食も非常に危機感をもった方がいいテーマだと捉えています。

言語化だったり、有用性、普遍性みたいなものを抽出することが必要だと考えた時に、伝統文化から思想を抽出してみたいと思いました。そしてそれを実現させるためにできたのが[文化資本研究所]です。

Q:文化で稼いでいくことについて具体的な取り組みを教えてください。

岩本:前提には文化というものを切り口に稼げる仕組みをつくっていくというのがあります。

文化だから稼いではいけない、文化だからイノベーションを起こしてはならないという考えは非常にもったいないと思っています。そういった考えを元に展開しています。

文化事業部としてはプラットフォームを作ることと、文化・生産の両視点から、双方の可能性を模索していくことも非常に重要だと考えています。

Q:文化事業部が作ろうとしているプラットフォームとはどのようなものなのでしょうか。

岩本:例えば、海外へ行ったとき、海外の方に茶碗をただ渡すだけではなく、それが日本ではどう使われ、どう評価されているのかということまで伝えることができれば少なくとも概念理解はしてもらえます。

弊社が目指しているプラットフォームとは世界・国・文化・モノを繋ぐことができる場です。そしてその「場」を組成をしていこうと思っています。

Q:文化と生産、お互いの視点から可能性を模索していく、というのはどういうことでしょうか。

岩本:これから海外での抹茶生産が始まると、世界での抹茶の価格はどんどん低価格なものにリプレイスされていくと考えています。そういった世界のなかで日本の抹茶が勝つためには高付加価値なものである以外の勝ち筋がほとんどない。

また、海外で高価な抹茶を飲む人たちが、安価な茶器を使うわけがないんです。

しかし、茶業界の業者と日本文化の産業はあまりにも繋がりがない。

茶道(photo by TeaRoom)

日本茶を売っている業者は文化側である伝統工芸の流通と繋がっていないですし、日本文化を語っている文化人は文化を語るだけであって、モノを売ってはいない。

僕は茶業界がきちんと文化財の流通に入っていくことが必要で、文化人もモノを売れるようにした方がより茶業界にとっても文化にとっても良いのではないかと考えています。

そういった考えのもと文化側における新しい日本茶の可能性を模索していくこと、茶業界側からみた文化の可能性の模索をしていくという事業が文化事業部でこれからやっていこうとしていることです。

茶業界を再編し、文化を継承していく

Q:茶業界のこれからの未来はどんなふうになっていくと思うか、欲しいか

岩本:明確に川上部分のプレイヤー減少が起きると思っています。その時に日本茶をつくりたいと思うプレイヤーを増やすためには、茶業界がどれだけ魅力的であるかを社会とコミュニケーションする必要があり、その動きが取れるプレイヤーを増やさなくてはならないです。

一方で、川上の集約によって、川下(消費者)を独占している清涼飲料メーカーは長期的に利益が圧迫されていくため、何らかの消費体験のシフトを起こさなくてはならなくなると思います。そのため川下へむけた新たな動きを仕掛けていく取り組みは増えていくのではないかなと考えています。

弊社のポジションで言えば、茶業界は他業界との境を紛らわしながら、より共創をしていくことが求められると思っています。

観光業との接続でインバウンドへの動きを行うことや、設計・建築業との「日本化・日本的体験創造」に向けて動くこと。アート業界に対して工芸の魅力を説き、その接点を増やしていくこと。ウェルビーイングの取り組みには茶業界として、その価値を普及させる接点を持つこと。

その結果、社会が茶に投資をするようになり、さまざまなプレイヤーが茶業界を再編していくことが、未来像の一つであると思います。逆にそれを起こしていけるような環境を作らなくては、このまま保護産業的に緩やかに衰退するとも思っています。

Q:TeaRoomの描く将来像を教えてください。

岩本:我々TeaRoomが存在していてよかったと後世の人に言ってもらえるような存在になりたいです。

TeaRoom岩本さん

文化や農業など、現状社会との接点が少なく、金融資本の流通も少ない産業に、社会との接点を作り、投資を促していくことによって、産業の持続可能な形を模索するポジションになりたいと思っています。

Q:最後に、岩本さん、TeaRoomが目指す対立のない世界とはどのような世界か教えてください。

岩本:対立にも良い対立、悪い対立とあり、個別具体で論ずるべきテーマかと思いますが、個人的にはまず文化と産業の間にある対立、社会課題とビジネスという間にある対立を解決していきたいと思っています。二項に対立している概念ですね。
私たちも文化を使って日本中、世界中の対立、特に紛争などもお茶とその思想によって解決できると信じながらもその境地へはまだ至っていないのが現実です。

一方、文化と産業、社会課題とビジネスに関しては、すでにわかってきたことがあり、その解決にまずは急いでいます。

茶室の世界でいえば、人間が人間として肯定され、全ての人間が同じ場所で1碗の茶を共有できる喜びを世界が実感できるようになれば、自然と対立はなくなっていくのではとも、考えています。