《茶✕景観》年間6千人以上が訪れる茶畑の「茶の間」。大手企業を辞めてまで、守りたい茶畑景観とお茶。【AOBEAT/辻せりか】

茶畑の景観。

人と自然が織りなす深い緑のストライプ。新緑の季節には、萌える生命力がみなぎる。夏の澄みわたる青い空と茶畑、霧にかすむ朝の茶畑、雪化粧の冬の茶畑。ずっとずっと昔からここに息づく人たちの連綿とつづく営みに思いを馳せると、ますます目を奪われる。

まさに絶景。

しかしこの美しい茶畑の景観が、いま日本中から消えていっている。

1986年にはピークの6.1万ha(1haは野球場約1個分)あった茶畑は、今は当時の6割、3.7万ha。コロナ禍をはさんで、その速度はますます加速している。

茶価の下落、茶農家の高齢化と減少。多くの家庭から「茶の間」も急須もなくなりつつある今、この茶畑の景観は、ただ静かに消えゆく運命にあるのだろうか?

今、全国の茶産地でこの絶景を守るため、まだ見ぬ人たちとその景観を共有しようという動きが広がっている。

その取り組みの一つが、絶景の茶畑テラス「茶の間」だ。「茶の間」は、絶景の茶畑が一望できるウッドデッキで、静岡県内6ヶ所の絶景茶畑にある。利用希望者は日時を選んで予約できる、完全事前予約制のティーテラスだ。飲み物や食べ物の持込みは自由。この「茶の間」でウェディングを挙げるカップルやヨガの瞑想をするグループもいる。

そして、この「茶の間」を運営するのが、[AOBEAT]の辻せりかさんたちだ。大手企業を辞めてまで茶畑の絶景とそこでできるお茶を守りたいという、その想いと活動をうかがった。

辻せりか(つじ せりか)
静岡県出身。2013年JTB入社、企業や学校などの団体を対象とした企画型の法人営業や、国内外の添乗業務にも従事。2018年ロッテJTB(ソウル)に出向、現地の日系法人を対象としたアウトバウンドセールスや、インバウンドに従事。2019年公益財団法人するが企画観光局に出向。2021年にJTBを退職しAOBEATを設立。日本茶のサービスやプロダクトの開発や、観光サービス運営、茶のEC小売卸売、飲食店(ティースタンド)、教育事業などを展開している。

茶畑の景観を独り占め!時間貸しサービス「茶の間」とは

Q:「茶の間」について教えてください。

辻:「茶の間」は静岡県内6ヶ所にある絶景の茶畑にあるテラスです。

茶畑テラスは現在、静岡市、牧之原市、島田市、富士市に6ヶ所あります。そこでは、富士山と茶畑が一望できる「富士の茶の間」や、​​世界で唯一の黄金の茶畑「黄金の茶の間」といった絶景のなかでその土地の日本茶を楽しむことができます。

茶の間茶の間ではウエディングをすることもできる
「茶の間」では、茶畑の景観を時間貸ししています。持ち込み自由なので、ヨガをしたりするお客さんもいますね。事前予約制でウエディングのプランもご用意しています。

茶の間海外の方にも人気だという「茶娘プラン」
あとは富士山の茶の間では「茶娘プラン」という茶娘の格好をして写真が撮れるサービスもやっていて、海外の方などに特に喜ばれています。

Q:「茶の間」の魅力を教えてください。

辻:お客様側からの魅力としては、「景観が素晴らしく、日常から解放されたひとときを味わえる」というところですね。

茶の間「黄金の茶の間」からの景観
茶畑の景観は、静岡の人にとっては日常ですが、県外の人にとっては非日常なものです。ですので「茶の間」に来ていただくだけで、眼の前に広がる茶畑の絶景に目を奪われるお客様の姿をみると、それだけでまず感動してもらえているんだなということを、毎回実感しています。

あとは私自身も感じることですが、「茶畑で飲むお茶がやっぱり一番おいしい」っていうことですね。お客様からも「茶畑の景色を見ながら、その土地でつくられたお茶が飲めるなんて贅沢ですね」というお声は本当によくいただきます。

茶の間富士山が見える「全景の茶の間」
私が思う魅力は、「茶の間」のある6人の茶農家さんそれぞれのお茶が本当に素晴らしいことです。「茶の間」ごとに景観も違うし、農家さんがお客さんに話すストーリーも全然違うので、各「茶の間」ごとにすごく個性豊かです。

そのため「茶の間」ファンの方は、6カ所全部の「茶の間」をめぐってくださるんですよ。中には3周、5周とリピートしながら、めぐってくださっている常連さんもいます。

Q:「茶の間」のサービスはどのように設計されているのでしょうか?

辻:「茶の間」のサービスとしては、まずは景観の提供がありますが、その他にもグッズの販売や季節ごとにイベントの開催などを行なっています。

サービスの設計は、茶器の選定や持っていくリュックなどの備品や、季節ごとのプランの内容など、細かいところも農家さんと一緒にお話をしながら作りあげていますね。

あとは集客とプロモーションもやっていて、プレスリリースを出してメディアを呼び込んだり、Instagramの運営も積極的に行ったりしています。

Q:年間どのくらい方が、「茶の間」を利用されますか?

辻:「茶の間」の利用者は、2023年で年間約6,400人でした。

Q:まず[AOBEAT(アオビート)]が取り組む事業について教えてください。

辻:AOBEATは、日本茶をメインに企画開発・観光サービス・飲食店・卸売・小売・教育事業などを行っています。

リーフが売れることが農家さんにとっても私たちにとってもいちばんなので、リーフの購買に繋げるために、消費者と日本茶との接点を多面的に増やして、日本茶に興味を持ってもらうきっかけをつくっていくこともやっています。

企画開発では日本茶に関するサービスやプロダクト開発、イベント企画などをしています。

観光サービスでは、静岡県内6ヶ所の絶景の茶畑でプライベートティーテラス「茶の間」運営をしております。

飲食事業では、aardvark tea Astand(アードバークティーエースタンド)というティースタンドを運営しています。小売事業では、「もえぎ商店」と「aardvark TEA(アードバークティー)」、2つのオンラインストアで、茶葉を販売しています。

2021年に創業して、このような事業を現在は、取締役なども含めて7名で運営しております。

Q:[AOBEAT]のミッションを教えてください。

辻:「失われてしまいそうな地域の資源を価値あるものとして世に出していくこと」です。

他の地域の資源でもそうだと思うのですが、静岡には、日本茶に関わるおもしろい人やすごい人がいっぱいいます。ですが、その人たちのポテンシャルがあまり評価されてないし、より輝いて欲しいと自分は思っています。

もっとその人たちに有名になってほしいし、その人達がつくっている日本茶ももっと売れてほしい。そういったことを常に思いながら、ずっとがむしゃらに走り続けてますね。

私も仲間たちも、大好きな農家さんが作っている素晴らしい日本茶をこれからも残していきたいと思っています。 そしてゆくゆくは、静岡の日本茶以外の地域資源についても、その価値を磨いていけるように活動を広げていきたいです。

衝撃を受けたおいしい日本茶との出会い。茶畑が広がっている静岡の景色を守り、残していきたい

Q:なぜ、辻さんは日本茶の事業を始められたのですか?

辻:私自身は静岡出身であるものの、実家は全然お茶関係ではないし、日本茶とはかけ離れたところにいたんです。

大学卒業後、JTBに就職し、JTB在籍時に[するが企画観光局]という観光地域づくり法人に出向しました。観光の仕事をするなかで本多茂兵衛さん(以下、本多さん)という茶農家さんに出会ったんです。それがきっかけで日本茶の世界にのめり込み始めました。

aobeataardvark tea Astandで合組をする辻さん(左)と本多さん(右)
茶畑の中で本多さんが急須で日本茶を淹れてくれたのですが、それが感動レベルでした。本当においしくて、びっくりしました。また、日本茶にお花などをブレンドしたものも飲ませていただき、日本茶にはこういう楽しみ方があるんだなと、日本茶の可能性も感じました。

静岡出身、静岡育ちなので、日本茶は身近な存在だったのですが、それでもそのおいしさに本当に衝撃を受けたんです。

aobeat

本多さんのつくる日本茶に魅了されてから、農家さんたちのお話を聞きにいったり、日本茶について自分で調べたりするようになりました。

日本茶のことを知っていくなかで茶葉の需要減少や茶価の低下などが原因で、農家さんたちがどんどん茶業界から離れていってしまっていることを知りました。

茶畑が広がっている景観が静岡らしいと思っていましたが、それがどんどん失われている状況を知って「これは残していかなきゃ」と強く思うようになりましたね。

Q:そんな辻さんにとって日本茶とはどのような存在ですか?

辻:面白くて可能性があるものです。

Q:日本茶を取り扱う難しさはありますか?

辻:日本茶ってコーヒーなどに比べてすごく真面目な印象があるなと思いますし、日本茶をはじめることにハードルの高さを感じている方も多くいると思います。この印象やとっつきにくさが、日本茶の難しさに繋がっているのではないかと思います。

ティースタンドに日本茶を飲みにきてくださった方に、「このお茶は〇〇っていう品種を使っていて……」といった話を少ししただけでも、「ごめんなさい、詳しくなくて」と言われてしまうことがよくあります。

私としては、日本茶に詳しくなくても全然いいと思っています。まずは飲みものとして「おいしい」と感じてもらうことが大事で、あとは興味を持ってもらえたら勝手に詳しくなっていくはずだと思いますし、「おいしい」はそのきっかけです。

そして、日本茶を始めるにはまずは急須を買わないといけないし、急須も色々な形や素材など種類があるので、どんなものを選べばいいのかわからないし……というような、とっかかりにくさみたいなものもあるのかなと。

まずはそこのイメージから変えていかないといけないんですが、それがちょっと難しいところですね。

aardvark tea 急須ボトル2年の歳月をかけて開発したというこだわりの急須ボトル
昨年11月に、現代の生活スタイルに合わせ、家でも外でも日本茶がたのしめる「急須ボトル」というものも自社開発しました。こういうアイテムで、日本茶が気軽に手軽に楽しめるものとして、広がっていくといいなと思っています。

静岡の茶葉を日本を超えて世界に売っていく。仲間たちとともに辻さんが描く未来

Q:「茶業界でおもしろい取り組みをしてる人」と言って思い浮かぶのは誰ですか?

辻:aardvark TEAでいっしょにお茶のたのしさを広げている仲間でもあるNO’AGE concentré(ノンエイジコンセントレ)の井谷匡伯(いたにまさみち)さんです。

井谷匡伯辻さんが師匠のような存在だとお話してくれた井谷匡伯さん
お店では、お茶をつかった独創的なティーカクテルと、創作料理のペアリングをたのしめます。井谷さんが織りなすお茶と多様な素材の組み合わせは、いつも驚きと発見を与えてくれますし、何より感動的に美味しいです。お茶のおもしろさを教えてくれる、師匠とも思っている方です。

Q:「茶の間」や[AOBEAT]の今後の展開を教えてください。

辻:「茶の間」に関しては、静岡県内でもっと増やしていくといったことは正直考えていませんが、より多くのお客さんに楽しんでいただけるように茶の間で楽しめるイベントやプランは、茶の間の農家さんたちに相談をしながら、増やしていけるといいなと思っています。

例えば、夏はかき氷のプランを、冬にはこたつのプランなどをやっていますが、そのように季節の茶の間の楽しみかたがもっと増えたら面白いだろうなと。あとは海外の方にももっと来てもらって、美しい茶畑や農家さんの日本茶が世界に広がっていくといいなと思います。

また、県外のお茶どころからデッキを作りたいという相談を頂いてお手伝いしているところもあります。日本茶をより広げていくという意味で、日本茶を好きになるきっかけ(接点)が静岡以外にも増えていくのはいいことだと思っています。

Q:茶業界の未来はどうなっていくと思いますか?またどうなってほしいですか?

辻:年々リーフの消費は減少に歯止めがかかっていないですが、自分たちもそうですし、お茶のことに本気で取り組んでいる方も多くいて、心強さも感じています。

そういった方々の取り組みによって、お茶を好きになるきっかけが増えて、日本茶っておもしろいよねと思ってくれる仲間が増えていくといいなと思います。

そして、この先も好きな農家さんたちのお茶を飲み続けられる、そんな未来になるといいなと思います。

aobeat-4茶農家を訪れる辻さん(左)
お茶づくりに対してはっきりとした哲学をもち、素晴らしい日本茶をつくる農家さんたちがすでに「茶の間」には集まってくれています。AOBEATではそんな農家さんたちの茶葉をもっと日本を超え世界に売っていきたいです。

aobeat
「日本を越え、世界に売っていく」を実行に移すために、AOBEATではリーフを売るための取り組みを本気でやっています。

そのために、aadvark TEAというブランドを作りました。静岡県内にティースタンドをオープン、お店では日本茶と多様な素材を組み合わせた自家製のクラフトティードリンクをたのしめたり、リーフ商品も20種類ほど販売しています。また、昨年11月にリリースしたばかりの「急須ボトル」もお店では好評です。

オンラインショップもありますが、実際にお越しいただける場所があり、そこで急須ボトルの実物を手に取って使用感を見てみたり、リーフ商品も香りを試したりできるので、ボトルに合わせてリーフを買ってくださる方も多いです。

ティースタンドは、リアルにお客様とコミュニケーションを取れたり、ブランドの発信できる場所なので、とても大切にしています。

農家さんの茶葉が売れて、農家さんたちの名前が有名になっていく。そうすると、「茶の間」の価値も自然と高まっていき、農家さんも日本茶をどんどんつくっていかなきゃとなりますよね。すると結果的に、茶畑の景観も続いていくと思っています。

chanoma「海と富士の茶の間」
これからも仲間をどんどん増やして、いろんな人に応援もしてほしいし、日本茶のファンを増やしていきたいです。

All photos by AOBEAT