お茶は液体。飲むためには容器がいる。
1990年、ペットボトル茶の発明から30年以上にわたり、ボトル入りのお茶の革新が続いている。それまでのお茶は、茶の間に座り、急須と茶碗で飲むものだった。しかしペットボトルの登場により、すぐにどこでもお茶が飲めるようになった。
ペットボトル茶の革新は、ボトルでお茶を飲むことを当たり前にし、2007年にはワインボトル入りの高級茶、2012年にはボトル内で茶葉を抽出するフィルターインボトルが発売され、ボトルのお茶の幅がさらに広がった。
そして、今回ご紹介するmirume深緑茶房では、ボトルのお茶を活用した新サービス「朝ボトル」を提供している。「朝ボトル」は、平日朝8〜10時、店先を通勤・通学する顧客に、フィルターインボトルの淹れたてのお茶を提供し、帰宅時に飲み終わったボトルを店舗へ戻してもらうというサービスだ。
これにより、ボトルのお茶にも関わらず、淹れたてのフレッシュな香りと味わいを楽しむことができ、使い捨てペットボトルのゴミ問題も発生しない。また一度飲みきっても3回まで水を注ぎ直して飲める。
店舗側にとってもお客様の来店頻度を上げることができるのもメリットだ。
今回フィルターインボトルを活用し、新たなボトル茶の可能性を切り拓いたmirume深緑茶房の松本壮真さんにお話をうかがった。
「mirume」とは日本茶業界の言葉で「若い芽」「上質な芽」を指します。名古屋市の那古野で、品質の高い日本茶を幅広い世代に楽しんでいただけるお店づくりに努めています。
目次
購入できるのは朝8時〜10時!朝買って夕方に返却する、ユニークなサービス「朝ボトル」
Q:[mirume深緑茶房]朝ボトルのサービスについて教えてください。
フィルターインボトルをまるまる1本レンタルすることができる
松本:朝ボトルは本格的な日本茶のテイクアウトサービスです。
朝の8時〜10時の時間帯だけ、茶葉と水が入ったフィルターインボトルを1本300円でレンタルという形で販売しています。そしてフィルターインボトルは、夕方に返却していただいています。
Q:朝ボトルの日本茶はお水を継ぎ足せば何度でも飲めるのでしょうか?
松本:そうですね。お水がなくなったら継ぎ足していただき、3回くらいは飲めますね。
Q:フィルターインボトルが返却されない、なんてことはないのでしょうか?
ありがたいことに、ほぼ100%返却していただけています。でもテレビなどのメディアに出演したりすると、下手すると1/4くらい返却されないことはありました(笑)
基本的には通勤客の方が購入してくれる方が多いのですが、毎日通勤で店の横を通るからこそ、返却率が高いのではないかなと思っています。
Q:「朝ボトル」はやはり朝にボトルを売るから朝ボトルという名前に?
松本:じつは、当初は「ボトルパス」という名前でサービスを展開しようと思っていました。
ボトルの定期券という意味でボトルパス。ボトルに入った日本茶のサブスクリプションみたいな形のサービスで考えていました。
お世話になっているデザイナーさんに新しく始めようと思っていた、ボトルパスの相談をしたんです。そのとき「サブスクっていうのは、そもそも習慣になっている人がその習慣を強化するために使うものであって、日本茶を普段飲まない人に届けたいならまずは単発で届けた方がいいんじゃない?」とアドバイスをいただいたんです。
そのときに、確かにおっしゃる通りだなと思って。
そこで、朝だけフィルターインボトルに入れて提供するから「朝ボトル」という名前にしようとなりました。
Q:1本300円という価値。これは正直高い?それとも安いと思いますか?
松本:1日1本で300円。これで3回分と考えると安いなと思ったんです、最初は。1回分あたりがコンビニで売っているペットボトルの日本茶と同じ値段価格なのに、茶葉で淹れた日本茶が飲めるなら安いなと思ったんです。
でも、この朝ボトルをしばらく使うとなると、どれくらいの出費になるのか計算するだろうなと思って、月20日の出勤と仮定し、毎日購入するといくらになるか計算してみたんです。
6,000円。
6,000円は結構高いな、と思いましたね。お客さんも「月6,000円は高いな」となったら、次はどうするかなと考えました。
僕だったらティーバッグを買うなと思いました。
少し長くなってしまいましたが、この朝ボトルを継続する方はそんなに多くはなく、むしろ辞める方の方が多いと思います。ただ、この辞める方が完全に日本茶をやめてしまうのではなく、ティーバッグや茶葉を購入して家で淹れたり、何かしらの形で日本茶を飲み続けてくれる人を増やそうと思いました。
日本茶ビギナーさんにも届けたい、日本茶のおもしろさ
Q:[mirume深緑茶房]について教えてください。
お店の外観。朝ボトルが用意されるグレーの棚が特徴的
松本:日本茶を飲まない人に届けたい、ビギナーさんに日本茶を飲んでいただきたいと思っています。
日本茶に全く興味のない方から、ちょっと興味出てきたな、というような方々にこそ日本茶を届けたいと思っています。
伝統の“もの”である日本茶を大切にしつつ、新しいものとしてリメイクし、日本茶ビギナーの方に届けていきたいなと思っています。なので、「朝ボトル」というサービスも茶葉を使うことを大切にしている一方で、届けやすい形にする、ということを心がけています。
Q:店名にもなっている「mirume」とはどういう意味なのでしょうか。
松本:「ミル芽」というのが日本茶業界で「日本茶の若く柔らかい芽」を表現する言葉なんです。
上質で品質のいい茶葉を若い方や初心者の方に届けていきたいという想いをこめて名付けました。
電灯に描かれているロゴに注目してほしい。初心者マークのようではないですか?
うちのロゴマークは葉っぱのような形かつ、じつは初心者マークっぽくなっていたりもします。
初心者の方に届けたいという想いはもちろん、日本茶業界ってどうしても上下関係があったりするとも思っていて。
僕たちは、みんなで同じ目線で一緒に日本茶を楽しみましょうというニュアンスも込めています。
Q:[mirume深緑茶房]で意識していることや大切にしていることはありますか?
松本:品質の良いものを、適切な価格で普段日本茶をあまり飲まないという方に届けるということを意識していますし、大切にしています。
Q:名古屋にある那古野でお店を開こうと思ったのはなぜですか?
松本:元々、父が開いた日本茶カフェが名古屋駅にありまして、最初はそこで勤務をしていました。ですが2020年のコロナを機にその店を撤退することになり、そのタイミングで僕も独立することを決意しました。
そしてちょうど物件を探していたときに今、mirume深緑茶房が入っている建物のオーナーさんと出会い、そのオーナーさんに惹かれ、お仕事をご一緒したいと思い那古野でお店をやることにしました。
日本茶は、家族のような存在。だからこそ挑戦したい。三代目の決意
Q:茶農家の三代目である松本壮真さんにとって日本茶とはどんな存在ですか?
松本:僕にとってお茶は「家族」です。
「日本茶好きなの?」と質問されたことがあって。
僕はその質問に対して即答できなくて。それまで日本茶が好きかどうか考えたことがなかったんです。好きかどうかを考えたことがなかったという事実が僕にとってはとても衝撃でした。
お茶を摘む松本さん
少し話がそれますが、以前テレビでおじいさんが、亡くなったおばあさんについてインタビューを受けるという番組をみました。
「おばあさんはどんな方でしたか?」という質問に対して、
「おばあさん、奥さんは神様からのギフトだと思っている。お見合い結婚だった。だから自分で選んだ人ではなくて、誰かが選んだ人だ。でもそれがすごく良くて、一緒に過ごした時間が幸せで、その奥さんと一緒にいれたことがよかった。だから神様からのギフトだと思ってる。」そうおっしゃってたんです。
僕はそれを見たときに、お茶に対する僕の感覚はこれに近いなと思いました。
茶農家に生まれるというのは自分で選んだわけではないけれど、すごくありがたいことだと思っています。とても好きか、嫌いか、そんな言葉では決められないですが、あった方が良いし、ないと困らないもの。それが僕にとってのお茶です。
Q:[mirume深緑茶房]の事業ミッションと松本さんご自身のミッションをお聞かせください。
松本:僕は茶畑を残したいという思いがあるので、そのために日本茶を飲む人を増やすということを大切にしています。
なので、僕にとっても、mirume深緑茶房にとっても、ミッションは「日本茶を広める」ということだと思っています。
Q:茶農家に生まれたからこその使命感もありますか?
松本:そうですね……もしかしたら日本茶が「家業だから」というのもあるかもしれないのですが、いずれにせよ嫌ではない使命感みたいなのはずっともっていますね。
たまたま与えられたものが「日本茶」だったんですが、それでもせっかく茶農家の3代目として生まれてきたので、僕の代では終わらせたくないと思っています。
Q:今後は、生産領域にも関わっていくご予定ですか?
松本:今の所その予定はないですかね……。
元々は、父の会社に入社をするとなったとき、生産に関わる予定だったんです。ただ、偶然そのタイミングで名古屋の店舗の店長ポジションが空き、僕が行きますと手をあげたので、生産ではなく、名古屋店舗の配属となりました。
その後、コロナにより店舗撤退、僕は独立という経緯があり、今に至るのですが。生産に関わってみた方が良いのだろうなと思う一方で、生産のことを学ぶにはまた何年という時間を費やすことになるので……。
畜産に関わっているある知り合いの方がいるのですが、その方は日本の国産のお肉を広めたいと全国をまわっていらっしゃるんですね。
その方に「つくってるから偉い。つくってないから偉くない。そんなことをたくさん言われてしまうかもしれないけれど、重要じゃないと思うよ。壮真君が得意なことをやればいいんじゃない」とおっしゃっていただいたことがありまして。
そう考えると、僕は日本茶の生産には縁がなく、今やっていることが得意だし、お茶を広げたいと思っている。だから今自分が進んでいる方向であっているのではないかな、と思えたんです。
それでも茶畑へ自ら出ることもある松本さん。お茶愛が止まらない
日本茶の難しさはおもしろさとの表裏一体!楽しく、カジュアルに楽しむ選択肢を増やしたい。
Q:[mirume深緑茶房]将来はどうなりたいですか?
松本:日常のなかで日本茶に触れる接点となる1〜2坪くらいのお店を展開していきたいなと思います。
Q:1~2坪ってことはかなり小さいお店ですね?
松本:そうですね。そもそも「なぜ日本茶を飲む人が減ったのか?」を考えたとき、「日常の動線に日本茶がない」ことに尽きると思います。
例えば、会社員の方。多くの会社員の方は会社へ行って家に帰宅するまでに日本茶に触れる瞬間があるとすれば、コンビニくらいしかないと思うんです。これがコーヒーだとKALDIさんがあったり、コーヒーのお店があったりするのですが、日本茶はそうでもないなと。
なので、まずは日本茶に触れる接点を増やしていきたいなと思っています。
駅とかにちょこっと日本茶を買うことができるだけの店舗を展開していきたいなと思っています。買うだけなら、店舗の広さは1~2坪あれば十分ですし、お茶を体験したくなったら[mirume深緑茶房]にきていただく。
そんな動線を作れればいいなと思っています。
お客様に楽しそうにお茶の説明をする松本さん(左)
Q:ECではなくあえて店舗を展開しようと思っているのはなぜですか?
松本:僕は、ECってちょっと距離が遠いと思っていて。意外と近く……車や電車でも10~20分程度の距離にお店があれば意外と買いに行っちゃう、みたいなことがリアルでは起こっていると思います。
やっぱり人は普段自分が生活している圏内や動線に店があった方が購入するし、それが習慣にさえなっていくと思っていて。だからこそ、僕はおいしい日本茶を気軽に買うことのできる場所をまず増やしていこうと思っています。
Q:松本さんが思う日本茶を取り扱う難しさをお聞かせください。
松本:そもそも日本茶の市場が衰退しているというのは絶望的だと感じています。
おそらく、60代以上が約6割くらいの消費を担っているというのが現在の日本茶業界だと思いますが、この消費者層が若い世代へ移行していくことはないかなと僕自身は考えています。
この将来性の暗さが取り扱うことの難しさの一つ。
もう一つは新規参入のハードルの高さだと思っています。物理的に茶畑の取得も茶工場を建てるのも費用面でかなりハードルが高い。これが結構難しい問題だなと思っています。
Q:日本茶業界のこれからの未来はどんなふうになっていくと思いますか?
松本:現実問題としては、ある程度まで衰退してしまうとは思っています。
飲み物の選択肢が増える以上、日本茶の需要や消費量は必ず減ってしまいます。
なので、これからはどこでその衰退を食い止めるか、どれだけ日本茶の魅力を伝えていくかということが重要になってくると思っています。
これまで消費がなかったところへ、いかに日本茶を広めていくかということが重要になっていきます。
より多くの方が、日本茶に限らず自由に飲み物を選べるといいなと思っています。人々の飲み物の選択肢の一つとしての日本茶があるというのが理想ですね。
今までの歴史の中で日本茶は権威的なものと紐づいてきたり、排他的なものとして存在してきたと思っています。
だからこそ、日本茶ってなんか難しいよね。敷居が高いよね。みたいなイメージが付きまとってしまっていると感じていて。
「お湯の温度や量で味が変わってしまうから」
「けっこう繊細だよね」
だから難しい、と言われることが多いんです。でもそれって面白さでもあり、表裏一体だと思うんです。
これが正しい飲み方、これが正しい保存方法だとか多くの「正しい」を押し付けてきたことによって、それで離れてしまった人や、育まれなかった文化が多くあると思っています。
僕はそういうのを拾い上げ、広げていきたいです。だからこそ、日常の飲み物の選択肢に「日本茶」がない方へ、「日本茶」を届けていきたい。
多くの人にもっとカジュアルに日本茶を楽しんでほしいなと思っていますし、飲み物の選択肢の一つとして当たり前に「日本茶」がある未来だと僕は嬉しいです。
All photos by mirume深緑茶房