《茶✕デザート》一日12名限定。お茶のデザートを五感で味わう感動体験に昇華させるカウンターデザート専門店。【VERT/田中俊大】

2000年代初頭の世界的な抹茶ブーム以降、今や抹茶アイスクリームや抹茶ラテ、ほうじ茶チョコなど、お茶はスイーツの風味(フレーバー)として定着した。

それまで抹茶の生産は、京都・宇治と愛知・西尾に限られていたが、この20年で全国に広がり、2021年には、てん茶(抹茶の原料茶葉)の生産量は、鹿児島が京都を抜いて日本一となった。世界でもタイや中国で抹茶などの日本のお茶(日式茶)の生産が増えており、そういったお茶がフレーバーとして海外で使われるケースも増えている。

今やお茶は、飲み物として以上に、フレーバーとして食べ物となり、生産も消費も世界じゅうに広がっている。

一方、スイーツ全般のトレンドとして最近、デザートコース(スイーツコース)が人気だ。これはデザート数品で構成されたデザートのみが提供されるコースのことで、このデザートコースだけのカウンターデザート専門店も増えている。デザートコースで提供されるのは、食後の別腹のためのスイーツではない。盛り付けられたデザート一品一品を芸術として鑑賞し、五感で体験しながら、食する。

そして、この2つの流れの合流点にあるのが、東京・神楽坂にあるVERT(ヴェール)だ。ここでは、日本茶を織り交ぜたデザートコースが体験できる。

VERTのオーナーパティシエ田中さんが目の前で一皿ずつ創る旬の食材とお茶でつくるデザートは、食材としてのお茶の可能性を別次元に引き上げる。

日本茶に魅了され、学び、創り、その可能性を発信し続けている田中さんにお話をうかがった。


田中俊大(たなか としひろ)
東京・神楽坂にある日本茶を織り交ぜたデザート専門店「VERT」のオーナーシェフ。都内パティスリーにて修行後、「janicewong dessert bar」にてスーシェフ、「jean georges tokyo」にてシェフパティシエ、「L’atelier à ma façon」 にてエグゼクティブシェフとして勤務。5年前に日本茶に出会い、2022年にVERTをオープン。日本茶の可能性をデザートを通じて発信している。

一日12名限定。日本茶を織り交ぜたデザート専門店[VERT]

Q:[VERT(ヴェール)]はどんなお店ですか。

田中:日本茶を織り交ぜたデザート専門店です。

店内は、カウンター6席のみで一日12名様を限定で、「茶湊流水(ちゃそうりゅうすい)」のみを提供しています。

僕は、[VERT]がお客さんにとって、日本茶に対して「飲む」以外の可能性を少しでも感じ、見つけてもらえるようなお店でありたいと思っています。「茶湊流水」を体験していただくことで、日本茶の可能性を1ミリでも感じていただきたい。

そして[VERT]は、もし終わってしまったら、僕の人生も終わるなと思うくらい、僕にとっては「僕そのもの」です。

人、文化、様々なものをありのままに受け入れ、茶をもってもてなす「茶湊流水(ちゃそうりゅうすい)」

Q:デザートコースの名称「茶湊流水」にはどういった想いが込められているのでしょうか。

田中:スタッフと一緒に考えて、空行く雲や流れる水のように、深く物事に執着せず、自然の成り行きに任せて行動することを表す四文字熟語「行雲流水」になぞって作りました。

「茶」は日本茶。「湊」は人、もの、文化が集まる場所という意味があって。

茶湊流水メニューにも「茶湊流水」という文字が。
行くまま、流れるままに。いろんな人々や様々な文化をありのままに受け入れて、日本茶をもっておもてなししたいという想いを込めて作りました。

Q:なぜ「デザートコース」と名付けなかったのですか。

田中:僕はデザートコースって言いたくなかったんです。世間的にはデザートコースなんですけど、デザートコースをやっているつもりは僕にはなくて、違和感だったんです。

「茶湊流水」は、デザート主軸ではなく、日本茶を主軸にコースを組み立てているので、自分のコースを表現する言葉が欲しいなと思ってスタッフと一緒に考えてもらいました。

VERT

Q:「茶湊流水」では何を体験できますか?

田中:厳選した日本茶の数々を使用したデザートを、一皿ずつ作り上げる様子を目の前で楽しみながら味わえます。極上のデザートを通して、日本茶が持つ奥深さと可能性を再発見していただけると思います。

メニューも毎月変えているので、[VERT]に来ていただくたびにはじめての味わいに出会っていただけるよう設計しています。

VERT3層の美しい季節の羊羹、2月は文旦だった。
VERT切り分ける所作まで美しくて見惚れてしまう
Q:デザートとスイーツの違いを教えてください。

田中:一般的には同じような概念だと混同されてしまいがちかと思いますが、明確な違いがあります。

僕の解釈では、スイーツはケーキ屋さんのケーキをさすものかと。持ち帰りやすさなどを考慮した上での構成になります。デザートは食材にフォーカスしたもので、ある種制限がなく、味、香り、食感をより味わうことのできる​​ものです。​​

Q:日本茶の取り扱いを難しいと感じることはありますか。

田中:僕自身は難しいと思っていないですね。

ただ、おもしろい。

日本茶のおもしろさは香りと味だと思うんですよね。渋くて、苦くておいしいっていう食材ってそうそうないじゃないですか。そういうところがおもしろい。

自然界と共生し、お茶をつくるお茶農家に最大のリスペクトを。魅力を引き出し、伝えるのはパティシエである僕の役目。

Q:毎月お茶農家さんを訪ねていらっしゃるとお聞きしました。

田中:全国各地のお茶農家さんのところにお邪魔していますね。最近数えてみたんですが、お世話になっているお茶農家さんだけで40軒以上ありました。

Q:直接、お茶農家さんのところへ行き仕入れていらっしゃるのですか。

田中:いま、お世話になっているお茶農家さんは全てお邪魔しました。

仕入れはもちろんなのですが、直接農家さんからお話を伺えることが僕にとってはすごく財産になっています。

Q:お茶農家さんを訪ねるようになったきっかけは、直接お話を伺うためですか。

田中:自分でお店を立ち上げて、日本茶を扱ってみると、自分が知らない事ばかりだと言うことに気がついて。お茶農家さんのところへお邪魔して、実際にお茶がつくられている場所をみてみないとわからないことがたくさんあるなと思い始めたんです。

パフェ関東が雪に包まれた日。作ってくれたパフェは、初めてみたという雪が積もった茶畑をイメージしたものだった
日本茶を扱うとなったとき、僕は、商品として完成された「お茶」ではなく、背景となる部分を知りたくなるんです。どんな人がつくっているのか。どうやってつくられているのか。

お茶農家さんと直接お話しして、そのお茶の背景がわかるようになるというのは、お茶を扱う僕としてはとてもありがたいことなんです。僕は茶葉ではなく、つくり手で扱うお茶を選んでいます。正直、お茶の品質は重要視していなかったりします。

Q:お茶の品質を重要視しなくてもデザートコースが成り立つのでしょうか……?

田中:成り立たせるために、僕、パティシエがいるんです。

デザート

自然界では気候が常に一緒ということはなく、お茶が育つ環境条件は毎年変化します。なので、年によっては、思うようなお茶づくりができない年もあると思うんです。

それでも僕は、お世話になっているお茶農家さんたちが好きなので茶葉を買います。仕入れた後は、僕がパティシエとして、その年の茶葉の良さを上手く引き出してあげればいいだけの話なんです。

極端な話、お世話になっているお茶農家さんのお茶が無味無臭になってしまったとしても、僕は仕入れます。

Q:どうしてそんなにお茶農家さんのことを思いやることができるのですか。

田中:お茶農家さんは毎年の4-5月にすべてをかけますよね。それに比べると僕の仕事はそんなに大変でもなくて。

例えば、僕は雨が降っていても年中屋根の下で仕事ができます。でも、お茶農家さんはそうもいかない。1年の中で大切なお茶時期(4-5月)に雨が降ってしまうとお茶が摘めなくなってしまう。お茶農家さんが生きているお茶づくりの世界って、僕が生きている世界と比べると格段にシビアな世界だと思います。

僕の仕事ってお茶をつくってくれるお茶農家さんがいなければ、そもそも成り立たないんですよ。お茶農家さんがつくってくれているお茶がないと、僕はやりたいことが何一つできなくなってしまう。

だからこそ、お茶農家さんがどうやって1年かけてお茶を作っているのか興味があるし、尊敬もしています。

僕は、日本茶で一番嫌いな表現が飲み比べをした時に、「この日本茶おいしくないよね」「この日本茶はおいしいよね」という言葉がほんとうに好きでなくて。

しっくりこない表現です。

もちろん評価するのがお茶づくりをしたことある人であれば問題ないんですが、僕みたいにちょっとお茶に詳しくなっただけの、お茶づくりもしたことない人がそう評価するのは、違うなと思います。

お茶づくりの大変さを1年間を通して知って、それが2年目、3年目と経て、やっと全国でお茶づくりをしている農家さんと同じ土俵に立ち、日本茶を評価するのであれば問題ないとは思いますけどね。

Q:お茶農家さんをリスペクトしているのは昔からですか。

田中:明確にいつからというのはないですが、[VERT]を始めて、いろんなお茶農家さんが関わってくれる中で、実際に茶畑にお邪魔して、人の話を聞いたりしているうちに芽生えた考え方や感情だと思います。

「俺、VERTにお茶を卸してんだよ。」目指す先はお世話になっているお茶農家さんが胸を張れる店。

Q:日本茶への探求心は尽きないですか。

田中:尽きないなんてもんじゃないですね。僕が見ている日本茶の景色は氷山の一角ぐらいだと思っています。

飽きないし、僕の性格的にも趣味嗜好的にもとてもフィットする、心地よいものです。死ぬまでにちょっとでも理解できたらいいなとさえ思っています。

Q:[VERT]この先見据えている将来についてお聞かせください。

田中:「日本茶とフルーツを最高の形で体験するんだったら[VERT]だよね」と思ってもらえるようになりたいです。

日本茶

正直、[VERT]や僕がすごく有名になることに、個人的には重きを置いてもなければ、興味もないです。それが、結果としてついてきたものであれば、それはとてもありがたいと思いますが。それよりも僕はお茶農家さんが胸を張れるお店でありたいと思っています。

「俺、あの神楽坂にあるVERTって店にお茶を卸してんだよ」

そう言って、お世話になっているお茶農家さんが胸張って自慢したくなるようなお店にしていきたいです。

Q:お茶業界のこれからの未来はどんなふうになっていくとお考えですか。

田中:難しいですよね。

昔とは違うという部分では、お茶農家さんが発信の場を多様化していかないといけない未来になると思っています。

これは飲食店も同じですが、おいしいものを作っているだけでは生き残れず、知ってもらうことがとても重要になっていきます。そのためには情報発信や発信するための工夫も必要になります。

デザート田中さんのつくるデザートも「なんだこの新感覚のデザートは!?」という気持ちに毎度なる
例えば、パッケージ一つとっても、手に取ってみたら「あれ?これ日本茶なの!?」そう思わせるような日本茶らしくない日本茶があってもいいと思うんですよね。

正攻法ではなく、正面突破もせずに、工夫して。お客さんにその日本茶を手に取ってもらえればお茶農家さんの勝ちなので。そこでさらに日本茶に興味を持ってもらえれば大勝利です。

日本茶はブームが来ています。なので、全茶農家さんがその日本茶ブームにのっていって欲しいです。今が絶対にチャンスです。

All photo by  Misako Yoshida