《茶✕ロボティクス》農業の機械化、ロボティクスでお茶の生産現場はどう進化する?スマート農業の最先端【堀口製茶/堀口大輔】

現在、全世界で生産されるお茶は600万トン以上。この10年、毎年10万トンずつ増加している。そのうち日本で生産されるお茶は約7万トン。つまり日本茶は、世界のお茶の生産量のわずか1%程度だ。わずか1%だが、日本には他国に類をみない茶道や煎茶道といった茶文化、急須や湯沸かしポットといった茶器がある。

そのような日本だけで培われ、高められた発明や革新、文化は、お茶の生産現場にもある。
その一つが、お茶の収穫で活躍する乗用摘採機だ。

この100年の間に日本でのお茶の収穫は、手摘み、手鋏(てばさみ)、可搬式摘採機、そして乗用摘採機へと変化してきた。世界では未だに手摘みが主流の中、1980年代後半より日本では乗用摘採機が収穫の主役へと移行し、収穫の効率は手摘みの数百倍になっている。

今やスマホが一人ひとりの手にあり、ドローンが飛び、自動運転のクルマも目前となっている中、農業機械はどのように進化していくのだろうか?

鹿児島県志布志市で、国内最大級の茶園面積を管理する堀口製茶では、かつてより茶生産の現場での機械化に取り組んできた。自社開発の機械だけでなく、国の研究機関等とも協力し、収穫ロボットとも言える無人摘採機の研究にも参画している。

今回は、茶✕ロボティクスの最前線にいる、堀口製茶代表取締役・堀口大輔さんにお話を伺った。


堀口大輔(ほりぐち だいすけ)
鹿児島堀口製茶 代表取締役社長/和香園 代表取締役社長
1982年鹿児島県志布志市生まれ。大学卒業後、静岡県でお茶メーカーに入社。4年間従事し2010年4月帰郷し、父親が社長を務める鹿児島堀口製茶/和香園に入社。2018年7月、同社代表取締役副社長および和香園代表取締役社長に就任。日本茶インストラクターの資格を持つ。茶畑面積は300ha(うち自社管理茶園120ha)。

日本の茶業を最前線で牽引する堀口製茶とは。

Q:堀口製茶の事業内容について教えてください。

弊社は、生葉の生産から仕上げ加工(二次加工)までを行う堀口製茶と、仕上げた茶葉を卸・小売販売する和香園があります。

和香園は、鹿児島県内5ヶ所の実店舗とオンラインショップがあります。

そのほかに[創作茶膳レストラン 茶音の蔵(さおんのくら)]と「お茶農家が提案する、新しいお茶の文化」をコンセプトにした茶空間[大隅茶全(おおすみさぜん)]があります。

その他にも自社の茶葉を使ったコンセプトブランド「TEAET(ティーエット)」やシングルオリジンに特化した「カクホリ」もあります。

堀口製茶いかに広大な茶畑と大きな工場があるかがよくわかる
堀口製茶としての工場受入面積は300haあり、300haの茶園面積のうち、120haは自社で管理し、残りの180haは42軒の系列農家さんが管理してくださっています。

茶畑

系列農家さんの形は大きく分けて2つあり、生葉農家として、生葉を弊社の荒茶工場に持ってきてくださる場合と、ご自身の茶工場で製造もしつつ、私たちの工場へも生葉を持ってきてくださる場合の2つがあります。

最近の厳しい市況により、ここ数年、自社工場での製造をやめて、生産した生葉を全量持ってくるという選択肢を取られている農家さんもいらっしゃれば、引き続き、自分たちの工場をやりつつも、弊社に生葉を持ってくるというハイブリッドな選択肢をとっている農家さんもいらっしゃいます。堀口製茶では、系列農家さんのニーズに合わせてできる限り対応しています。

茶農家堀口製茶と一緒に志布志を支える系列農家のみなさん
Q:堀口製茶グループは、お茶の生産だけでなく、茶葉の小売やレストランまでやってらっしゃいますよね。

堀口:そうですね、ワイナリーのような場所をイメージしていろいろやっています。

今から30年以上前の1989年、お茶の生産の堀口製茶と、お茶の小売の和香園の2社を同時に法人化しました。当時、お茶の生産農家が小売の販売会社も展開するというのは、かなり珍しかったと思います。

ただ、ご存知のとおり時代の流れとともに茶葉単体の需要が減ってきております。

そこで堀口製茶グループとしても「お客様にお茶を表現する場」を創っていかなければならないと思うようになりました。

創作茶膳レストラン 茶音の蔵創作茶膳レストラン 茶音の蔵外観
創作茶膳レストラン 茶音の蔵創作茶膳レストラン 茶音の蔵でいただけるメニュー
そこでお茶を「飲む」だけではなく、お茶を「食べる」ということも表現しようと思い、[創作茶膳レストラン 茶音の蔵 (以下、茶音の蔵 )]を2016年にオープンしました。

[茶音の蔵]は、蔵を改装したお店で、1階にはグランドピアノがあり、2階には個室があり、個室の窓からは茶畑が見えます。堀口製茶のお茶と大隅半島で生産された食材を使った和食のコース料理を召し上がれます。

また[茶音の蔵]は、弊社の茶工場の真ん前にあるので、お茶のシーズンには茶工場からのお茶を蒸す香りを体験することができます。

大隅茶全大隅茶全
そして2022年、「お茶農家が提案する、新しいお茶の文化」をコンセプトに[大隅茶全]をオープンしました。

「不易流行」、昔からあるお茶の価値や愉しみを伝えつつ、それをより1人でも多くの一般のお客様にきちんと伝えるために新しいことも取り入れていきたいという思いを込めてつくりました。

大隅茶全大隅茶全

堀口製茶の精鋭部隊「茶畑戦隊 茶レンジャー」。生まれたきっかけはサステイナブルなお茶づくり

Q:今回のテーマである茶畑で働く機械たち「茶畑戦隊 茶レンジャー」について教えてください。

茶レンジャー茶畑戦隊 茶レンジャー
堀口:堀口製茶では、スマートIPM農法(IPM:Integrated Pest Management/総合的病害虫・雑草管理)を実践しています。

IPM農法とは、農薬だけに頼らない農法のことで、茶畑戦隊茶レンジャーは、弊社のIPM農法の中心的な存在です。

まず最初に開発されたのが、「ハリケンキング」。害虫を農薬ではなく、風と水で吹き飛ばすという機械です。

ハリケンキング茶レンジャーのなかで一番最初に生まれた「ハリケンキング」
開発のきっかけは、「台風の直後に茶畑へいったら害虫が一匹もいなかった」という経験からインスピレーションを受け、「害虫を水と風で吹き飛ばせれば、農薬を使わなくても良いのでは?」という話になり、メーカーさんと一緒に開発しました。

ブラックシャドウ人の手ではとても時間がかかる大変な作業を手伝ってくれる「ブラックシャドウ」
「ブラックシャドウ」も雨の日にバロン(茶の品質を向上させる黒いカバー)をかけるという作業がとても重労働だったので、これも機械化したら良いだろうという発想から生まれました。

日々の農作業のなかでこれを機械でできたらいいなという発想を元に開発を行った結果、その他の「サイクロン(鹿児島県が開発)」「スチームバスター.SL」「ブランジェット」も合わせ計5つのマシンができたので、“茶畑戦隊 茶レンジャー”と名付け、機械の色も塗り替えました(笑)

ただ、現在スチームバスターは使用していません。

Q:堀口製茶さんでは無人摘採機の開発プロジェクトに取り組まれていると聞いていますが、いつ頃からですか。

堀口:令和元年に無人摘採機の実証事業に、鹿児島県や国の研究機関から一緒にやらないかとお声がけをいただいたんですね。この産地でやることに意味があると感じて、ご一緒させていただいたのがきっかけです。

Q:現在、無人摘採機はどのくらい茶畑で運用されているのでしょうか。

堀口:無人摘採機の運用方法としては、広い畑で2台を走行させ一人で管理する運用を試験しました。

無人摘採機無人摘採機とそれを見守る人たち
まずは現段階では実証としての成果に協力できたというところまでですね。

Q:現場で無人摘採機を動かすのは、まだ先の話ということですか。

堀口:動かすこともありますが、自動化された機械を使うにあたっての制約があるのと、意外と動かすための手間がかかったりもするので、そのバランスを見ながら稼働させるかどうか判断しています。

具体的には、自動化された無人摘採機を使う場合、使用下の状況によって、適用される安全レベルが異なるので、その制約内で動かさなければいけないということです。

もう一つは、茶畑まで無人摘採機を人が運転するトラックで運ばなければならなかったり、収穫した茶葉を持ち帰るのは、これまた人が運転するトラックといった具合に摘採作業ひとつにもけっこう手間がかかるのです。そういったこと全て含めて稼働させるかどうかを考えています。

無人摘採機の動画

「スマート農業の発展に茶業界の貢献を残したい」。次世代農業に積極的に挑戦する堀口製茶

Q:収穫ロボット(無人摘採機)を含めた農業のスマート化という観点では、今後のお茶の生産現場はどのようになっていくとお考えですか。

堀口:オペレーターの人手不足と無人摘採機への投資のタイミングが重なって見えてくると普及もされていくのではないでしょうか。将来的に普及する技術だと思います。

ほりぐちさん茶畑の様子をみる堀口さん
今のところ、「無人摘採機を操作するには近くで見守る人が必要」といった法的な制約や圃場条件もあります。ですので、そういったことを考慮しながら、運搬方法を含めた摘採作業の管理を考えていく事になると思います。

Q:色々と手間がかかるスマート農業の実証実験に積極的に参加されている理由はなんですか。

堀口:この鹿児島県の志布志という地域で、農業ロボティクスやローカル5Gといった、スマート農業の実証実験に参加することで、お茶もスマート農業の発展に貢献しているという実績をつくることが大事だと思っているからです。

これからの日本の農産物の中でお茶もその存在価値を多方面から示していくことで産業としての生き残っていく事に繋がると考えています。

Q:ロボティクス以外で最近重視されていることはなんですか。

堀口:弊社は、取り組みとしてロボティクスはもちろん重視していますが、スマート農業の分野においては、デジタル化、経営の見える化などにもっとも重きをおいています。

デジタル化デジタル化に積極的に取り組む堀口製茶
関わる人数が多くなると、伝言ゲームのように伝わり方や考え方がばらばらになってしまいがちです。チームで動くためには、同じ方向を見て進んでいかなければならない。そのためには、誰もが同じ方向を見ることができるような指標や情報が必要であり、それには今後もデジタルの力が欠かせないと考えています。

Q:スマート農業に関連して、有機栽培について教えて下さい。どのくらいの割合で有機栽培をされているのですか。

堀口:今季からは、自社茶園の約半分(60ha)は、オーガニック認証園となります。

この20年、自社茶園では化学農薬だけに頼らない栽培方法でお茶を育ててきました。ただ今のトレンドでは、有機認証を取得することによって市場のニーズに答えるという側面もありますので、毎年認証園を増やしているような状況です。

堀口製茶

Q:堀口製茶さんは“レインフォレスト アライアンス認証*”にも参加されてますよね。

堀口:そうですね、レインフォレストアライアンス認証も取得しています。

*レインフォレスト アライアンス認証:​​農園の環境、土壌・水を含めた天然資源、生態系や生物多様性を守り、労働者の労働条件やその家族・地域社会を含めた教育・福祉などの厳しい基準を満たした農園に与えられる認証。身近な例としてローソンのコーヒーやバナナなどが挙げられる。

Q:レインフォレストアライアンス認証を取得されている茶園は全国でどのくらいあるのでしょうか。

堀口:弊社は、お茶畑として国内で取り組みが早い方でした。今でも全国で取り組んでいる農家数は少ない状況だと思います。

Q:堀口製茶では輸出にも力を入れて取り組んでいらっしゃるのですか。

堀口:そうですね、弊社から直接海外の事業者さんとやりとりすることもあります。ただ大半は、原料茶葉を国内メーカー企業にお届けし、メーカー企業の商品として海外へ輸出されているケースが多いです。

堀口製茶

茶園面積が300haもあるので、自分たちで輸出する部分と原料として扱ってくださる取引先様とのバランスが大事だと思っています。

Q:堀口製茶さんが扱っているお茶の品種を教えてください。

堀口:お茶の品種は20種類ほどです。

堀口製茶

メインどころの品種は「ゆたかみどり」「さえみどり」「あさつゆ」「やぶきた」「おくみどり」です。そしてメインどころと言いつつも、自社茶園のやぶきた割合は全体の2~3%くらいしか育てていません。

在来種は7、8年ほど前まで、1ヶ所のこしていたのですが、今はもうありません。

Q:やぶきたはもともと少なかったのですか?

堀口:最近の改植では、「やぶきたから他の品種に植え替えている」と言えます。

堀口製茶「茶レンジャー」生みの親でもあり、堀口大輔さんのお父様でもある堀口泰久さん
ただ、やぶきたが少ない理由としては父が2001年頃から毎年10haくらいずつ10年かけて120haまで茶園を広げていったのですが、やぶきた以外の品種を植えていったというのが、今現在やぶきたが少ない理由です。

Q:どうしてやぶきたを選択しなかったのですか?

堀口:ひとつは、弊社でつくらなくても、おいしいやぶきたを育てている方がすでにたくさんいらっしゃったので、新しい香味を求めて新品種を積極的に植えていきました。

もう一つはやぶきたのデリケートさですね。香味がとても良いやぶきたですが、デリケートな品種なので茶園を大規模化するにあたって病害虫の管理や収量性、収穫の時期など総合的に考えたときに、当時の堀口製茶で生産するのは適当ではないと判断しました。

Q:少し話題が変わりますが、もともと120haという広さを目指して広げていかれたのでしょうか。

堀口:その当時、お茶の需要があったから120haまで広げられたというのはもちろんあります。しかし地域の事情的な要因も大きかったです。

品種「せいめい」のポット苗最近、取引企業から仕入れた品種「せいめい」のポット苗
当時、弊社では、ビニールハウスを借りてお茶のポット苗をつくるということをおこなっていました。しかし実際にはポット苗を購入する農家さんはそう多くなく、自分たちで植える=茶畑を広げるという選択肢をとったようです。

もう一つ、この地域一帯は焼酎用の芋栽培とゴルフ場の芝生づくりが盛んだったんです。しかしバブル崩壊によりこれらの業界も不調になってしまい、地主さんから茶畑として借りてくれないかという話が結構あったようです。

なので、時代と地域柄がマッチして、結果的に120haまで広がった感じですね。

お茶の楽しみ方は無限大。つくり、伝え、裾野を広げていきたい。

Q:堀口製茶さんの今後のビジョンを教えて下さい。

堀口:現状の300haある茶園面積をさらに拡大するよりも「今あるこの300haの茶園から収穫できるお茶の付加価値をどうやってあげていくか」ということに注力していこうと思っています。

堀口製茶お茶を淹れる堀口さん
すでに広い面積をもち、そこでお茶をつくっているので、そこでのお茶づくりをさらに丁寧にしていきます。

たとえば現状では、てん茶(抹茶の原料茶葉)の需要が多いのですが、少し前だと飲料原料用の需要が伸びているなど、その時代のトレンドがあります。生産量は少ないですが和紅茶も今、非常に注目が高まっていると認識しています。

これまでの弊社でのお茶の生産技術と自分たちに求められるニーズを最大限に重ね合わせて伝えていけたらと考えています。

Q:ちなみに玉露は生産してらっしゃらないんですよね。

堀口:そうですね、「玉露以外は全部つくっている」という言い方がおもしろいかなと思いまして。

玉露もつくることはできますが、どこまで品質の良い玉露をつくれるかという話になると、現時点で生産していない僕たちがやる必要はないと思っています。

福岡の八女など他産地で、すでに品質の高いものがつくられていますので、現状のニーズと弊社の生産技術・体制において自分たちはつくらないと判断しています。

Q:堀口さんにとって日本茶とはどんな存在ですか。

堀口:難しいですね……社会全体において日本茶自体の価値がもっと理解されてほしいですね。やはり仕事としてもこれだけ関わっているお茶なので、価値を認知され、再産業化される道筋に僕も関わっていきたいと思っています。

Q:日本茶を取り扱う難しさはありますか。

堀口:ひとことで「日本茶」といってもいろんな要素があると思っていて、その要素のどこを切り取ってどのようにきちんと伝えていくかということが難しいと思っています。

ただ最近は茶業界の外から、この業界に入ってくれる方も増えていて、その方々の影響もあってか要素ごとによる線引きみたいなものがなくなってきているとも感じています。良い流れだなと思います。

同じ茶業界のなかでも関わりがなかった人同士のつながりが増えていくことによって、自分たちも気づけていなかった価値を知り、教える、広がる、というサイクルが生まれていくと良いなと思います。

Q:これからの茶業界の未来はどのようになると思いますか。

堀口:日常のなかにあまりにも溶け込みすぎていて、かつ固定概念が強いのが「日本茶」の今の立ち位置に思えます。

そうではなく、お茶の楽しみ方は他にもたくさんあるということを広めていきたいですね。

堀口さん

「急須で飲まなければいけない」「この季節にはこのお茶を飲む必要がある」……全くそんなことはなくて、お茶のあたらしい楽しみ方を伝え裾野を広げていくということをしていけば、茶業界は楽しくなっていくと思います。

All photos by 鹿児島堀口製茶/和香園