《茶✕サラリーマン》「茶道」は誰のためのもの?サラリーマンとOLこそが現代の武士。給湯室が「茶室」。【給湯流茶道/ 家元(仮)谷田半休】

お茶好きに「お茶を知っていますか?」と尋ねると、「好きだけど、知らない。」という答えによく出会う。

これは、お茶には、「好き」や「おいしい」だけではすまされない、武道や書道のような日々の鍛錬・修行によって、極める「道」があるという共通認識があるからだろう。

そのようなお茶を現代的な視点でとらえなおす団体がいる。茶道ユニット「給湯流茶道(きゅうとうりゅう・さどう)」だ。

現代の武士とは、企業戦士(サラリーマンとOL)。オフィスの給湯室こそが現代の茶室であると。子供の頃に日々使ったアニメ茶碗で抹茶を点て、茶名には、千利休の「休」の字をもらい、半休、有休、三連休などと名乗る人達だ。

これは、茶道で大切にされている「見立て」なのか?パロディなのか?

2010年より活動を続ける給湯流茶道は、これまでに120回以上のお茶会を開催し、その参加者は茶道初心者から茶人まで2000人を超え、お茶会のテーマも知的好奇心をくすぐるものばかりだ。このような取組は、BBC(英国放送協会)のウェブニュースでも紹介されている。

「抹茶の効能を有閑マダムから、毎日労働と戦う人々に開放せよ。」

現代茶道ムーブメント「給湯流茶道」を牽引する、家元(仮)の谷田半休さんにお話をうかがった。

給湯流茶道 谷田 半休(たにだ はんきゅう)
慶応義塾大学を卒業後、会社員として今も働き続ける。2010年、会社員の「戦場」であるオフィスの給湯室で抹茶をたてる茶道団体「給湯流茶道」を結成。秀吉などの武将が戦場で茶会をしたエピソードを現代に再現し、リストラ、パワハラなどと戦う人の職場で抹茶をたてる。給湯室を飛び出し、ロンドンの弁護士事務所から、廃線になった駅、廃業した純喫茶、道後温泉ストリップ小屋まで、様々な「諸行無常な場」でも茶会を決行。

オフィスの給湯室で茶会を開く「給湯流茶道」

Q:「給湯流茶道」を立ち上げた経緯をお聞かせください。

谷田:「給湯流茶道」立ち上げの最大の理由は、現代のビジネスパーソンには抹茶や茶会が必要だと考えたことです。

戦国時代に茶道が流行したことはご存じでしょうか。

もちろん当時、立派な茶室での茶会も多く開かれていましたが、その一方で、戦(いくさ)に千利休(戦国時代に活躍した有名茶人)を連れていったり、茶道具を戦場に持参して、休戦日に茶会を開いたりしていたというエピソードが残っています。

ではなぜ、武将たちは戦の間に抹茶を飲んでいたのか。

それは、抹茶にはほっとする成分(テアニン)と覚醒する成分(カフェイン)の両方が入っているからだと個人的に考えています。戦士たちは、生きるか死ぬかという場所で抹茶を飲むことで、心を落ち着かせると同時に、自分を奮い立たせていたと思います。

現代を生きる私たちが戦に行くことはありませんが、仕事や子育ては戦と同じくらい過酷なものですよね。武将たちが抹茶を飲んで気持ちを保とうとしていたように、現代人が仕事や子育てと戦う際にも抹茶が役に立つのではないかと考えています。

オフィスの給湯室はもちろん、自宅など、場所はどこでもかまいません。「人それぞれの戦の場で抹茶を飲もうよ」というのが給湯流のメッセージです。

茶会-03高度経済成長期の面白いデザインのビルが立ち並ぶ「せんい団地」での茶会(愛知県一宮市)
Q:給湯流茶道のコンセプトはどんなものですか?

谷田:コンセプトは「諸行無常」。「どんなにつらいことも永遠に続くわけではない」「悲しみや苛立ちに没入しないで、冷静になろうよ」という視点を大切にしたいと思っています。

仕事をしていれば、気が合わない上司に腹が立つこともあるでしょう。でもその人はいつか引退するだろうし、左遷される可能性もある。

実際、戦国時代も権力者とうまく関係が作れないとき、茶会を開いてストレス発散をしたようです。豊臣秀吉の怒りを買い左遷されることになったお坊さんを慰める茶会を、千利休が開いたことがあったそうですよ。

「上司にまたいじめられた。もう死んでしまいたい!」なんてときに抹茶を飲むと、スンッと気持ちが落ち着いて「まぁいっか、あの上司も来年には定年だし」などと思えるようになるかもしれません。

Q:「給湯流茶道」の活動内容を教えてください。

谷田:結成当初は「オフィスの給湯室で会社員が茶会を開く」流派として活動してきました。今は全国各地のイベントに呼んでもらい、その場にいる人たちに給湯流の茶会を振る舞っています。

活動を始めたのは2010年で、今年で14年になります。延べ参加者は2300人程度でしょうか。

茶会−01​​東京のシェアオフィスでの茶会(左奥:谷田さん)
Q:給湯流茶会はどのようなものですか。

谷田:最近は「御自服」スタイルです。

茶道には「見立て」という考えもあります。茶道用に職人がつくった茶道具だけではなく、食料を保存するためにつくられた壺や、野菜かごなど普段づかいの道具にわび・さびの要素を見出し、茶室に持ち込みます。給湯流茶道では、昭和や戦前のアニメ茶碗を、侘びた茶碗に見立てて使うことが多いです。

アニメ茶碗の中に漉した抹茶を入れて、茶筅(ちゃせん:抹茶を点てるのに使用する道具)をセットで用意しておきます。それらが参加者に行き渡ったら、「給湯流は見立ての流派です」「アニメ茶碗を使う理由は……」などと説明してからお茶会を始めます。

最後に、私がみなさんのアニメ茶碗に黒いティファールでお湯を入れて回って、ご自分でシャカシャカしてもらう。ここまでがざっくりした流れです。

アニメ茶碗と茶筅

簡単で、おいしくて、ほっとする。みんな、コーヒーの代わりに抹茶を飲むのもいいですよ

Q:給湯流茶会はどんなところがウケているのだと思いますか。

谷田:イベントで「今回の会場では、この廊下を利休の待庵(たいあん:千利休がつくった茶室)に見立てています」などと言うと、みなさん「おもしろいね」と言ってくれますね。

給湯流茶会には、茶道経験のある方も多くいらっしゃいます。最初のうちは「アニメ茶碗ってなんだよ」「なんだ、このふざけた茶は」と訝しんでいた方が、私の話を聞くうちに「意外とちゃんとしてるんだ」「茶道の歴史をこんなふうに見ればよかったのか」と言ってくださることも多くあります。

Q:今後のビジョンをお聞かせください。
谷田:ビジネスパーソンの飲みもの市場、つまりコーヒーやエナジードリンクの市場に食い込みたいです。

コーヒーは「気分を上げる」成分が人気ですが、抹茶には「気分を上げる」成分に加えて「心を落ち着ける」成分も入っています。これが大きなポイントになると思っています。

職場でおいしいものを飲みたいときは、コーヒーをハンドドリップするより、抹茶を点てるほうが断然簡単で早いです。冷凍庫に新鮮な抹茶を入れておけば、ちょっとシャカシャカするだけで、とてもおいしい抹茶がすぐに飲める。忙しい現代人にこそ、オフィスで手軽においしい抹茶を楽しんでほしいですね。

ビジネスパーソンがコーヒーも抹茶もたしなむようになれば、みんなもっと健康に過ごせるはず。「職場で気軽に抹茶を飲んでほしい」と思っています。

茶会-2取り壊しが決定した住宅ビルでの茶会

Q:ちなみに谷田半休さんはどんな人ですか?

谷田:抹茶とアイドルだけが生きがいの窓際社員です。

実は平安貴族が詠んだ和歌の中にも「俺は出世できなかった。もう死にたい」みたいなものがあるんですよね。そんな和歌を見ては「1000年前にもこんなグズグズした人がいたのか」としみじみするような人間です(笑)。

出世する人は本当に一握りしかいませんから、窓際でも楽しく生きる方法を考えたいと思っています。

谷田半休

1缶1万円の高級品になる!?抹茶の将来を心の底から心配しています

Q.谷田さんにとって日本茶とは何ですか?

東アジアのすごくおもしろい文化だと思います。その文化圏に生まれ育つことができてラッキー!という感じですね。

今の地球上で最も抹茶を気軽においしく飲める場所といえば、やはり日本でしょう。コーヒーも大好きですが、すごく遠い国からわざわざ船で届けられた、防腐剤が使われたものもあると思います。一方、抹茶なら国内で作られたものを安く分けてもらえる。それなら抹茶を飲んだほうがおトクだよねと思います。

日本にも、抹茶を飲んだことがない人は多くいます。給湯流茶道の活動を通して「抹茶は、意外と簡単に点てられるので飲んでみてください」と伝え、抹茶を飲むことのハードルを下げたいですね。

Q:茶業界の未来について、お考えを聞かせてください。

谷田:お茶畑の運営は体力的に非常に厳しいものだと聞きます。やがて茶農家を継ぐ人がいなくなり、国産の良質な抹茶が飲めなくなるんじゃないかという危惧は常にありますね。抹茶が手に入るとしても、1缶1万円くらいにつり上がってしまって、庶民には手の届かない高級品になるのではないかと。

ちなみに今、日本で茶道と呼ばれる抹茶の点て方は、実はかつて中国で絶滅した飲み方なんです。日本ではそんなレアな飲み方を何百年も続けてきました。おもしろいと思いませんか?

東京国立博物館には、抹茶にまつわるいろいろな道具が展示されています。ナショナルミュージアムの中でも一つのジャンルとして扱われているほどの存在なのに、近い将来、気軽に飲めなくなるかもしれない。それは本当に悲しい。そんな心配をする今日この頃です。