《茶✕製法》日本初の燻製茶。海外でも評価が高まる衝撃の香り。パイオニアが切り拓く日本茶の新カテゴリー。【カネロク松本園/松本浩毅】

日本で生産されるお茶の半分以上が煎茶だ。しかし近年、煎茶の消費の落ち込みは大きく、抹茶や和紅茶、ウーロン茶などへの転換が進んでいる。

これまでのうまみ重視から、香りへと移行し、ウーロン茶や和紅茶など発酵茶への多様化が少しずつ進んでいるのがいまの茶業界の現状だ。

そのような中、燻製という製法に取り組んでいる生産者がいる。静岡県のカネロク松本園だ。

松本さんは中国茶にあるラプサンスーチョンという、松葉で燻製した紅茶からインスピレーションをうけ、燻製紅茶づくりをスタートした。

松本さんが燻製紅茶をつくり始めた当時は、燻製の日本茶は存在していなかった。まさに新しい日本茶のジャンルを生み出したのだ。いまでは10年以上、燻製茶の開発に取り組み、ウイスキー樽、桜、シナモン、カカオなどを使い、今は10種類以上の燻製茶を販売している。

松本さんの燻製紅茶は、2020年、農林水産省の海外輸出有望商品として選出、国際銘茶品評会でも銀賞を受賞。フランスを中心とした海外でも高い評価を受けている。

そんな茶業界において新たな製法「茶葉の燻製」を確立させた松本さんにお話をうかがった。

松本浩毅(まつもと ひろき)
1982年生まれ。41歳。静岡県島田市で家業としてお茶を生業としている。静岡県立農林大学校茶業科を卒業後に就農。趣味は仕事。四人の子とお茶の樹を育てている。
表現者として、自分らしいスタイルで唯一無二を日本茶で表現したい。そして生まれた国産初の「燻製紅茶」

国内初の燻製紅茶の生みの親、カネロク松本園の松本さん

Q:カネロク松本園さんでつくられている燻製紅茶の特徴をお聞かせください。

燻製紅茶燻製紅茶
松本:元々燻製紅茶を始めるきっかけとなった中国のラプサンスーチョンは燻製材に松を使うのですが、僕はラプサンスーチョンをつくりたいわけではなく、国産初である燻製茶で世界唯一のオリジナル商品を作りたいと思っています。なので色々な燻製材で燻製茶づくりに挑戦しています。

Q:お茶の木でも燻製に挑戦されたのですか?

松本:お茶の木も試してみましたよ。ただ、お茶の木で燻製したお茶は……何というかおもしろみに欠けていたので、今はつくってはいないです。

Q:そもそも燻製のお茶にフォーカスしようと思った理由はなんですか?

松本:じつは、別に燻製ではなくても良かったんですよ。

私は祖父や父が畑づくりをしているのを見ながら育ちましたので、これまでお茶以外の農作物を作ったり異業種に就くという考えを持ったことがないんですね。

ただ、お茶農家を自分の生涯の仕事として生きていくのであれば、自分のスタイルと言える何かしら人と違うものが欲しいなと思っていました。

「特徴的なお茶をつくりたい」という意味ではフレーバーティーが国内でも広まってきているのを見ていて、そういったお茶の楽しみ方も多様性があって良いと思っています。

ですが、香料を使ったり、ハーブをブレンドしたり……言ってしまえばなんでもつくれてしまう世の中だと思うんです。それをわざわざ自分がやるのか?と考えたとき、自分がやる必要はないよねと思いました。

「生産者として添加物なしにこだわり、世界のどこにもなかったお茶を日本産の茶葉からつくる」というコンセプトに沿って燻製製法を取り入れたお茶に挑戦することにしました。

Q:いま燻製茶は何種類ありますか?

松本:いまは12~13種類くらいです。でも将来的には種類を絞りクオリティーをさらに向上させたいと思っています。

Q:さまざまな燻製材で試されてきたからこその種類の多さですね(笑)

松本:色々試していくと、その中で「こうするともっと魅力的なものができるんじゃないか」とアイデアが思い浮かぶんですよ。それを試しては、また新たなことを思いつき、これを繰り返している間に種類がどんどん多くなってしまいました。

Q:理想の燻製茶の香り像はありますか?

松本:毎度理想通りにはできているわけではないのですが……りんごで燻したら本当にアップルティーらしい燻製茶ができたり。ベルガモットオレンジを使って香料を使わないアールグレーみたいな燻製茶ができたり。これが理想通りだ!みたいな燻製茶は何度かできてはいるものの、安定的にはつくれないというところが燻製紅茶の難しさです。

Q:燻製室のような部屋はあるのでしょうか?

燻製に使う色々な木材の燻製チップ
松本:燻製の方法については企業秘密なんですよ。

木によって燻製の仕方が異なるので、何種類も方法があります、とだけお答えしますね。

燻製のきっかけはラプサンスーチョンという個性の強い中国の燻製茶だった

Q:どうして「燻製」に行き着いたのですか?

松本:ラプサンスーチョンというお茶に出会ったことがきっかけです。

ラプサンスーチョンは、松葉の煙で燻した福建省・武夷山周辺で作られる中国紅茶なのですが、これに出会ってしまったんです。とりあえずどうなるかわからないけれど燻製に挑戦してみたいと思い、燻製紅茶を始めました。

Q:どういったことがきっかけでラプサンスーチョンに出会ったのですか?

松本:老舗の喫茶店に日本茶の勉強をしにいった際になぜか中国茶をたくさん飲ませてもらったんです。そこでラプサンスーチョンと出会いました。飲んだ瞬間「日本にはこういうお茶はない」と衝撃が走りました。

Q:ちなみにラプサンスーチョンを初めて飲んだときの印象は?

松本:正直にいうと「なんだこれ!?」でしたね。

燻製は難しい。だからこそおもしろい。

Q:燻製紅茶の魅力をお聞かせください。

松本:薫香の独特な個性は満足感が強く、中毒性があるところですかね。

お茶は日常的に飲む「消耗品」としての面と、趣味として愉しむ「嗜好品」としての2面性があるものだと思います。

「私はダージリンが好き」

「私は中国茶が好き」

「私は茶筅で点てる抹茶が好き」

人それぞれの趣味嗜好があるなかで、この燻製茶はこれまで日本人には馴染みがなかったジャンルです。新たな選択肢としてお茶が好きな方々のスタイルに合わせて提案できるところが燻製茶の魅力だと思います。

Q.燻製紅茶をつくっているとき、どんなところに楽しさを感じますか?

松本:燻製紅茶づくりの難しさが逆に楽しいかもしれないです(笑)

品質一つをとっても、それを安定させることが難しく、だからこそおもしろい、楽しいと思っています。

燻製紅茶だから表現できる「わかりやすさ」

Q:燻製紅茶を世に出したとき、お客様の反応はどうでしたか?

kaneroku-05イベントで燻製紅茶の試飲を配る松本さん
松本:両極端でしたね。

こんなの飲めたもんじゃない、という方もいれば、やっと日本茶でこんな紅茶が出てきたか!という方もいましたね。

燻製紅茶は個性がとても強いので、元々マジョリティへのウケを狙ってもいないですし「お口に合わなかったらごめんなさいね」くらいの感じでした。

Q:燻製紅茶をお客様に飲んでいただいた時、どういった反応が返ってくると「しめしめ」と思いますか?

松本:茶杯を口に近づけた瞬間に表情が見開く。驚きの顔。その顔を見れたら、お客様がまだお茶を飲んでいない時点で「しめしめ」です。

そういう方は飲んだら「おいしい」と言ってくれます。しかし燻製紅茶は個性がとても強いので、好き嫌いもはっきり分かれます。僕としてはその「わかりやすさ」が燻製紅茶の魅力だとも思っているんですけどね。

気軽に日本茶を楽しむ人が増えてもらうためには、わかりやすさというのも一つ大事だなと思っています。

煎茶や抹茶の品種ごとによる、微妙な差に気づいてもらうのも大切だとは思います。しかし一方で、お茶のプロではない方が飲んで、特別なお茶だとわかること。

これが嗜好品のお茶としての入り口には必要なことだと思っています。

僕は、微妙な違いによって減点方式で点数をつけていく日本茶の品評会があまり好きではなくて。

Q:好きではない理由をお伺いさせてください。

松本:品評会に出品される茶葉は基本的に素晴らしい品質です。その中から本当に微妙な差によって比較していくんですよね。でもその評価ってプロには価値があるかもしれませんが、一般の人、つまり消費者にとって価値があるのか?ということにずっと疑問を抱いています。

緑茶だけでなく和紅茶も含めると現在国内だけでも一年間にたくさんのお茶のコンテストがあり、それぞれのコンテストでグランプリがいて……一つの年に何人かの”日本一の茶農家”がいるわけです。ですが翌年にはまた違う日本一が。その翌年にはまた−−。その繰り返しなんですよね。

そういった背景からも、僕自身はナンバーワンよりもオンリーワンのお茶をつくりたいと考えるようになった部分があると思っています。

また、日本茶を広めていくことを考えると、もっとわかりやすい指標が大切なのかなと考えています。

例えばこのランク以上の日本茶はおいしいお茶である、とか。

そのわかりやすさに注目した結果、ラプサンスーチョンの個性の強さに衝撃を受け、日本茶の可能性を広げるべく、日本初の燻製という領域に挑戦しました。

Q:これから挑戦したいことはありますか?

松本:燻製だけでやっていくつもりはないので、常に何かしら新しいことにチャレンジしていきたいとは思っています。

白茶や烏龍茶の燻製とかもやってみたいですし、いずれはハーブブレンドとかフレーバーティーもやっていくかもしれませんね。

いつまでもプレイヤーと言うポジションだけでやっていけるのか?というのも悩みではあります。お茶の生産者ですから、もちろんプレイヤーという立場から離れることはないと思います。畑にたずさわっていたいですね。

Q:松本浩毅さんにとって日本茶とはどのような存在なのでしょうか?

海外でのイベントにて。

松本:農産物だけど、コミュニケーションツールとしての役割が大きいもの、なんだと思います。

英語が喋れなくても日本茶があれば楽しんでもらえますし。でも必ずなくてはならないもの、でもない。そこが魅力でもあり、日本茶をつくる者としてはその価値の表現が難しいところでもありますね。

難しく考えず。でもこだわりを持って。個性のあるものを作り続けていきたい。

Q:カネロク松本園さんの現在の規模感を教えてください。

カネロク松本園のみなさん。お子さんを抱っこしているのが松本浩毅さん
松本:うちは家族だけでやってきている小さなお茶農家です。

Q:将来はもっと規模を大きくしていくことはお考えですか?

松本:規模といってもいろいろかと思いますが、農地の面積という意味では私が就農してからだんだんと農園を拡大してきて、家族経営で管理するにはそろそろキャパシティの限界を感じてきています。

農地面積ではないところには常に規模拡大を考えていきたいですね。新製品開発もそうですし、たとえば体験農園とかもいいですね。

Q:現在、茶畑はどのくらいの広さを管理されていますか?

茶畑カネロク松本園の茶畑の風景
松本:全体で7haのうち、6haが慣行栽培で1haが有機栽培です。

Q:将来は茶畑も広げていくご予定ですか?

松本:いえ、むしろ将来的には、7haもやらなくていいようにしたいです。

製品の品質を維持・向上していくためにも新たなチャレンジをしていくためにも。

いまは春から夏まで休みなしで100連勤とか普通にしてますからね(笑)

でも先輩農家さんたちの高齢化など、地域の環境を考えるといろいろ悩ましいところはあります。

ただ小学生の息子が、将来お茶農家をやってもいいな、やりたいなと言ってくれるような経営体制を作れればいいなと思っています。

Q:日本茶を取り扱う難しさは感じますか?

松本:難しくしちゃってるだけな気がするんですよね〜!簡単なはずなのに。

茶葉はこのグラム数でないといけない、何分蒸らさないといけない、この水だとおいしく淹れられないとか……たしかに気をつけてもらったほうがいい部分もありますが、楽しんでもらうという観点ではそこまで気にしなくてもいいと思います。

そこで日本茶に対するハードルをあげてしまうよりも、まずは、とりあえずワクワクしてお湯を注いでもらうことができたらいいなと思っています。

気軽さを突き詰めたらペットボトルになってしまうのかもしれませんが、格式高くしすぎても……と思うところはありますね。

Q:これからの茶業界の未来はどんなふうになって欲しいと思いますか?

松本:今の茶業界は大規模な工場での大量生産が主流になり、自分たちのような家族経営で栽培から製造まで行う茶農家は本当に少なくなりました。

でも小規模だからこそ特色のあるお茶を作りたいし、魅力的なお茶づくりを心がけていきたいなと思っています。

世界農業遺産に登録されている“静岡の茶草場農法”

多様性ですね。工業化していくだけではどんどん魅力のない世界になってしまうと思うので、日常茶飯事の日本茶も、嗜好品として日本茶も、生産者としてのファンをもっとつくっていかなければならないのかなと思います。

最近は大学生や若い世代にも日本茶のファンが増えていることを感じています。

そこから新規就農でお茶を作ってみたいという人たちが出てきたらいいなぁと思っています。

All photos by カネロク松本園