ネット決済の少額化・低コスト化が進み、サブスクリプション(定期購入・定額課金)が様々な業種に広まった。
お茶は、かさばらず、軽く、常温で配送でき、賞味期限も長く、リピート性の高い商品であるため、サブスクリプションとの相性がすこぶる良く、導入事例も多い。しかしその反面、導入してもサービスを継続できない、または拡大しない事例も散見される。
そのような状況の中、快走を続けるのが、日本初の「観て飲む」お茶のサブスクリプションサービス「TOKYO TEA JOURNAL」だ。
「TOKYO TEA JOURNAL」は、月額500円で3種類のお茶と16ページの情報誌が届くサブスクリプションサービスだ。「お茶が好きだけど、選び方が分からない」「ゆったりしたお茶時間を過ごしたい」「お茶に関わるいろんなことを知りたい」「お得に、お茶を楽しみたい」という方へ高い体験価値を届けている「TOKYO TEA JOURNAL」。月額800円(本体500円+送料300円)という手軽さで質の高い体験価値を提供し続けているその裏側を、今回はクリエイティブデザイナーの谷本さんにうかがった。
目次
サブスクで「いろいろなお茶を楽しみたい」を毎月かなえる
Q:TOKYO TEA JOURNALはどんなサービスですか?
谷本:毎月1回、お茶と冊子が送られてくる定期便として、2017年に始めたサービスです。もう少し詳しく言うと、4グラムの茶葉が3種類と、お茶のレシピやコラムをまとめた16ページのカラー冊子が毎月ポストに投函されます。
サービス利用者のイメージは「たくさん買っても飲みきれないけれど、毎月いろいろな種類のお茶を飲みたい」「家庭でおいしいお茶を飲みたい」といった方々。
サブスクリプションサービスでありながら契約期間の縛りがないのが特徴で、気軽に解約したりスキップしたりできるサービス設計にしています。
煎茶堂東京の店内
加えて、銀座に茶葉の販売店「煎茶堂東京」があります。ここは濃密なブランド体験ができるお店として設計しています。
世界初のハンドドリップ日本茶専門店「東京茶寮」
また三軒茶屋には、日本茶カフェ「東京茶寮」があり、この店の立ち位置はお茶の体験をアップグレードすること。飲みものといってもさまざまな選択肢がある中で、お茶の良さに気づき、飲み始める原体験になれば、という思いで運営しています。
お茶の世界は奥深く、自分好みの茶葉を探し当てるのは難しいもの。サブスクで毎月違う茶葉を試し、気に入ったものはオンラインストアで15%オフで購入できる仕掛けになっています。
この「サブスク・リアル店舗・オンラインショップ」の三角形の面積をより大きくしていくのが、構想です。
Q:「サブスク・リアル店舗・オンラインショップ」の三角形の中心には何があるのでしょうか?
谷本:僕たち(取締役の谷本さんと代表取締役の青栁智士さん)は茶農家の生まれではありません。単なる消費者にすぎない僕たちがお茶を提供する側にまわるなら、どんなスタンスで取り組んでいくべきか。その答えは「既視感を超える」だと思っています。
代表取締役の青栁さん(左)と谷本さん(右)
これは「他社さんがやっていることはやらない」という意味ではありません。他社さんがやっていたとしても、そちらより良いものが提供できそうならやる。ただ単に、見よう見まねで適当にやることはない、という意味です。
多くの人に影響を与えられるようなことや初めてのことにチャレンジしたいという思いで事業を運営しています。
会社を経営するって、相当面倒なことだし、正直「なんでやってるんだろう?」と思う瞬間もあります。でも、茶業界の輪郭線をちょっと広げることに楽しさを感じるんですよね。
ものではなく体験を。16ページの冊子を茶葉に同封する理由
Q:茶葉に加え、16ページものボリュームある冊子が届くのもTOKYO TEA JOURNALならでは、と感じています。この冊子へのこだわりを教えて下さい。
毎月異なる内容で届く冊子も楽しみの一つ
谷本:僕たちは一次生産をしていないプレイヤーなので、茶葉に対して、なにか別のバリューをプラスしないと価値がないと思っています。
ただ茶葉を届けるだけなら、産直や工場直送のほうがいいでしょう。そこに僕たちが価値を付加できるとしたら、それはシンプルに「体験」なのです。
「体験」を届けることができない限り、人はお茶を飲み始めないだろうと思っていますから、ここにはこだわりがあります。
たとえばユーザーさんが、誰かから「TOKYO TEA JOURNALはどういうサービスですか?」と聞かれたとして、「お茶が届くサービスです」としか答えられなかったら、たぶんサービスは広がっていかないでしょう。
こちらは2020年7月号の冊子。バックナンバーも集めたくなってしまうかわいさ。
一方で「お茶を飲み比べられるバーのようなものだよ」「このサービスを使い始めて、週末にお茶を飲む時間が楽しくなったんだ」「お茶を初めておいしいと思えた」「お茶というものを少し理解できた気がする」というふうに紹介したくなるようなサービスなら、聞いた人も魅力的に感じるはずです。
ものではなく、体験を売る。そんなサービスにするために、冊子は必ず必要だと考えています。
あえて限定することで、よりクリエイティブになれる
Q:日本茶としては、煎茶の他に抹茶やほうじ茶もありますが、TOKYO TEA JOURNALでは基本的に煎茶が届きますよね。そして、2023年あたりから煎茶以外にも幅が広がったように思います。この変化の裏には、どのような意図があるのでしょうか。
谷本:おっしゃるとおり、実は昨年から煎茶以外のお茶も意識的に増やすようにしています。というのも、「煎茶メインでいくぞ」という制約を設けたからこそ発揮できるクリエイティビティを、もう十分に出し切れた感覚があるためです。
これまで煎茶を深めてきたので、これを和紅茶や烏龍茶、中国茶などに横展開していくタイミングだと思っています。
茶葉へのこだわりはもちろん茶缶にもこだわっている。煎茶堂東京の茶缶はどれも個性的だ。
この展開が僕にとっても、とてもおもしろくて。「お茶の世界ってやっぱり広いな」と、ようやく煎茶以外のドアを開けた感じですね。
Q:これまで煎茶をメインにしてきた理由は何でしたか。
谷本:ブランドづくりを意識したからです。
専門性が高いということはつまり、より細分化して理解できているということだと考えています。
たとえば革のバッグを作ってるブランドがいくつかあったら、革の質を細かく細分化できているブランドほど信頼性が高いですよね。そういう意味で、煎茶堂東京は煎茶を一番細分化できているブランドでありたいと思っています。
もし「煎茶A・煎茶B・煎茶C」ではなくて「煎茶・玄米茶・釜炒り茶」程度の細分化でしかなかったら、お茶の深さが十分に伝わらない。だから、対象を煎茶に絞っていました。
うちのスタッフは全員、A・B・C・D・E・F・Gという茶葉を目の前に並べたときに、すべての茶葉について「これはこういうお茶です」とアドリブで説明できます。
これこそがこの6年間で培ってきた価値であり、だからこそTOKYO TEA JOURNALのお客様が煎茶ばかり3種類届いても「そりゃそうだよね」と受け取ってもらえるのでしょう。
Q:デザイナーである谷本さんがお茶をテーマに選んだ理由は何でしたか。
谷本:お茶自体は好きだし昔から飲んでいたけれど、当時はあまりデザインが入っていない領域で、ダサい部分も多く、チャンスがありそうだったからです。
社内では「利休」と呼ばれているキャラクターが描かれた煎茶堂東京のお中元ギフトボックス。
それと、デザインの仕事をしていると「自分のルーツはやっぱり日本にあるんだ」と感じることが多くて。自分ならではの価値を出していくには、バックグラウンドを語れるようなものに取り組むのがいい。そう考えたことも理由の一つです。
自分が動かそうと思っても簡単には動かない存在。だからこそ挑戦しがいがある「お茶文化」という領域
Q:TOKYO TEA JOURNALのミッションをお聞かせください。
谷本:かっこよく言うと「お茶を次の世代に繋げていく」です。
僕たちはお茶の長い歴史における通過点として存在しています。これからも続いていくお茶の歴史を、僕たちがぽろっと落としてしまうことがないようにしたいんです。
やることが大きくなればなるほど、茶葉を買う量が増え、茶業界を支えることができます。今やっと規模が大きくなってきて、少しは業界に貢献できるようになってきたのかなという感じです。まだまだですけどね。
Q:TOKYO TEA JOURNALの将来のビジョンについて教えてください。
谷本:現段階で具体的な計画があるわけではないですが、最終的にはグローバルなサービスにしていきたいという思いがあります。海外の拠点やグローバルなコミュニティをつくることは検討していきたいですね。
とはいえ、本格的にやるとなれば、自分たちらしい新しいやり方を考える必要があります。既視感を超えるやり方ができない限り、やっても意味はないし、他に負けてしまうだろうと思うからです。
僕たちよりはるかに先をいく人たちがたくさんいるのだから、「濃い原液をつくり、それを垂らして波紋を広げる」みたいな戦い方が必要なのかなと。
Q:谷本さんがいま、注目している領域や分野はありますか?
谷本:古着です。古着とお茶には共通点があると思うからです。
古着は、過去のアーカイブや、たまたま残っていたアイテムを発見して「これはっ!」という、「見出す」カルチャーなんですよね。
お茶にもアーカイブされた知識や過去の楽しみ方がたくさんあるので、古着から学べる部分は多そうです。
このカルチャーをお茶の世界に取り入れることができれば、新しい人が入ってきたり、楽しみ方が深まったりするのでは?と考えて、研究中です。
Q:谷本さんにとって日本茶はどんな存在ですか?
谷本:「自分より大きいもの。対峙する存在として、触っても動かないもの」という感じですね。
日本茶は僕が関わっても何も動かないぐらいデカいからこそ、好きなように挑戦できるのかもしれません。
自分が手の届く範囲でいろいろ試行錯誤できるのに、すごいデカい。そのことをおもしろく感じる。そんな存在です。
Q:お茶業界の未来はどうなっていくと思いますか?
谷本:僕は何も言える立場にないのですが……「続けていく」というのは、みんなが共通認識として持てる部分かと思います。
お茶そのものはなくならないでしょうが、茶業界は今後、壊れる部分も多くあるでしょう。エネルギーもマンパワーも有限なので、これまでの形のまま存続していくことはないと思うんですよね。
今後は「このコミュニティに属して、貢献したい」と思えるようなものが残っていく時代です。だからこそ「いいものをちゃんと伝える」という本質的な行為ができるお茶が生き残っていくのではないでしょうか。
All photos by LUCY ALTER DESIGN