茶葉を保存・携帯するには、パッケージ(容器)が必要だ。
江戸時代、茶葉は「茶壺」と呼ばれる陶器の壺で保存されていた。そして明治になると亜鉛板を内張りした木箱「茶箱」が登場し、その後、金属製の「茶缶」へと移り、現在は、アルミ薄膜と樹脂シートが一体となった「茶袋」に茶葉は保存されるようになった。
茶袋は、さまざまな形状に加工でき、全面に色鮮やかな印刷も可能だ。
そんなお茶のパッケージを使って、世の中を茶化している商品がある。
タバコの箱にしか見えない紙箱に、これまたタバコサイズのスティック粉末茶を8本詰め込んだ、ちゃばこだ。
「ちゃばこと水」があれば、「タバコと火」と同じくどこでも一服できる。
この手軽さとデザインの奇抜さが話題になって、ちゃばこは全国に広がっている。
全国の茶産地で「ご当地ちゃばこ」が作られ、今やちゃばこは100種類以上、全国約200ヶ所の土産店や生活雑貨店などで販売されている。なかには、「たばこ自動販売機」ならぬ「ちゃばこ自動販売機」が設置されている場所もある。
また、たばこのパッケージに必ずある警告文は、ユーモアたっぷりな推薦文となっている。
ちゃばこで世界を茶化して、お茶のすそ野を広げている、(株)ショータイム代表 森川 翔太さんにお話をうかがった。
目次
「タバコ」ではなく「ちゃばこ」。「ちゃばこ」って何?
Q:ちゃばこについて教えてください。
森川:ちゃばこは、タバコのような見た目のパッケージに粉末の日本茶スティックが入っている商品です。
ちゃばこをつくるきっかけとなったアメリカ旅行での一枚
アメリカ旅行の直前、おみやげに何を持っていこうかと考えていました。
Airbnbのような民泊に泊まるつもりだったんですが、僕は英語が話せなかったので……何かコミュニケーションツールになるようなものをいくつか持っていきました。その時に持っていったものの中で喜ばれたのが日本茶だったんです。
海外での抹茶人気が高まる一方で、国内では急須を持っている⼈の絶対数が減っています。そのような状況で、今後「茶葉自体の携帯性(持ち運びの便利さ)」が、重要な指標のひとつになってくると確信しました。
初代ちゃばこのラインナップ
そして、持ち運びが便利な携帯性の高いものってどんなものだろう……と考えていました。タブレットやチューインガム、色々探しているなかで、コンビニでずらっとタバコが並んでいるのを見たときに「これだ!」と思ったんです。
タバコって、本当に長い歴史のなかでほぼサイズ感が変わることなく、多くの人に持ち運ばれてるものであることに気がつきました。
それがちゃばこの着想を得たタイミングだったんです。
ユニークな遊び心溢れる推薦文
タバコをモチーフにしようと思った決め手は、パッケージに書かれている警告⽂でした。
「健康」のイメージがある日本茶だったら、この警告文をポジティブな“推薦文”にできると思ったんです。タバコのような見た目や推薦文などを通じてコミュニケーションが⽣まれ、クスッと笑い合いながら日本茶を飲む時間が⽣まれる。
日本では昔から「家族が食事や談笑をしてくつろぐ部屋」のことを「お茶の間」と言い、「でたらめで筋道が立たず普通でない」ことを“お茶”が“無い”と書いて「無茶」と読みます。
これらが物語るように、“コミュニケーションのきっかけ”としての役割も重要な要素であると感じていたので、それを鑑みて商品設計をしました。
Q:ちゃばこという名前の由来について教えてください。
森川:ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、茶箱(ちゃばこ)という木の箱が今でも茶工場では使われています。僕自身は茶業界とはまったく関係のない業界出身だったので、「最初は茶箱って何のことなんだろうな」と思っていたくらいでした(笑)
ただ、ちゃばこの着想をタバコから得たときに、「茶箱」がつながり、プロダクト名を「ちゃばこ」にしようと思いました。よくよく考えるとタバコも日本茶もどちらも「⼀服する」って表現するなと思い、意外とつながりもあるなと。
「世の中を茶化そう」ちゃばこを通じてクスッと笑えるような時間を
Q:ちゃばこのコンセプトを教えてください。
森川:ちゃばこは「世の中を茶化そう」が商品のコンセプトです。この「茶化そう」には 2つ意味があり、一つはお茶を通じてクスッと笑えるような時間を創出したいということ。
もう一つは文字どおり、日本茶が⽇本だけにとどまらずもっと“世界のライフスタイルの中に日本茶がある”、世界を日本茶だらけの日常へと「お茶化」するという思いをこめています。
ちゃばこを始めた当初は「所詮は粉末茶」というイメージが業界内に少なからずありました。「急須で淹れるときに使う茶葉よりも低品質のものを粉末にする」という傾向があったためです。でも、僕は品質の高い日本茶を“あえて”粉末にしようと思ったんです。
Q:品質の良いお茶を取り扱うとなると価格も上がりそうですね。
森川:単価の話をすると、「そんなにいい日本茶を粉末にしてるんだ」と言われることもありますね。
でも僕は、茶価(お茶の値段)の低迷に歯止めをかけることを課題のひとつに掲げており、そのためには品質の高い日本茶を飲んでいただくきっかけの間口を広げることが不可欠だと考えています。
日本茶をつくってくださる、知識や技術を持った生産者さんたちの才能に対して、まっとうな工賃をお⽀払いさせていただく。それが、未来に日本茶を継承していくうえでの大前提だと思っています。
だから、原料の価格を値切ることは念頭になく、本当に良いと思ったものは生産者さんの希望額で購入させていただいています。良いものを使い、良いものを広めていかなければ世の中を「茶化す」ことはできないので。
まるでご当地タバコのようなパッケージで日本茶が楽しめるちゃばこ
Q:ちゃばこは現在どのくらい広がってきていますか。
森川:増えていっていますね。販売店舗は約200店、パッケージは100種類以上あります。
販売個数が多いところでは、1ヶ所の販売店で年間1万個以上売れています。
ただ、全国各地の茶葉を使ったご当地のちゃばこの開発や流通を⾃分たちだけで広げてきたわけではなく、弊社がライセンスを付与している「フラン茶イズ」事業者も複数存在します。
その事業者さんたちも、各々が本当に良いと思った全国各地のお茶を使用して、同じ志のもと一緒に切磋琢磨しながらちゃばこを広めてくれています。
気分に合わせて、産地や茶種を使い分け
Q:「ちゃばこ」や森川さんのミッションを教えてください。
森川:「日本茶を未来へ継承する」ことがミッションだと思っています。
そのうえで、「ちゃばこ」が注⽬され好評で売れて……ってなったときに次のステップとして見据えたのが、産地の多様化でした。
当初のちゃばこは静岡県掛川市産の茶葉を使用した6種類でしたが、「掛川のお茶だから」というよりは、ちゃばこという商品そのものに興味を持ってお客様が購入してくださっていることを実感していました。
だから、産地のバリエーションを増やすことで、産地ごとの個性やこだわりを飲み比べていただくことができれば、より日本茶のおもしろさを知っていただくことができるのではないか?と。
究極的には、例えば
「朝は○○県産の○○茶、夜は○○県産の○○茶」
「リラックスしたい時は○○県産の○○茶」
「テンションをあげたい時は○○県産の○○茶」
というように、飲む時間帯やその時々の気分に合わせて産地や茶種を使い分けていただけるようになったらいいなって思いますね。
Q:ちゃばこ事業の一番の魅力を教えてください。
催事にてちゃばこの説明をする森川さん(右)
森川:催事などで商品を販売させていただくと、お客様が「ちゃばこという商品によって、誰と、どんなコミュニケーションを図ろうとしているのか?」といった意図を直接知ることができて面白いですね。
なかには、「なるほど、その手があったのか!」というような、遊び心溢れる使い道を画策しているお客様もいらっしゃったりして(笑)
そのようなお客様が、「盛り上がりすぎて全部なくなっちゃったからまた買いにきたよ!」って翌日も売り場にお越しいただけたりすると、とても嬉しい気持ちになります。
また、自動販売機の点検などに行った際に、「誰々さんはコレっぽくない?」と、自動販売機の前で楽しそうに商品を選んでくださっているお客様をお見かけする機会も少なからずあります。
お客様のSNSへのご投稿も然りですが、「お茶を通じてお客様ごとにさまざまなコミュニケーションが生まれている」という実感を得られる機会が多いのは、ちゃばこならではの魅力ややりがいであると思うと同時に、背筋が伸びる思いでもありますね。
Q:ちゃばこの産みの親である森川さんご自身について教えてください。
森川:もともと広告制作の会社に勤めていた僕は、2011年に独⽴しました。2015年の(株)ショータイム設立までの4年間、個人事業主として広告制作を請け負っていた中で、仕事でアメリカに行く機会がありました。
その時に“世界の広さ”と“日本の伝統文化の素晴らしさ”を肌で感じたことが、ちゃばこにつながる全ての始まりでした。
それが2013年のことで、約2年後のショータイム設立時にはすでにがっつり日本茶事業にシフトしていましたね。
アメリカ行きの機会をくださった広告会社の社長からも、「あのときアメリカに連れてったことがきっかけで、まさか森川くんが茶業界へいっちゃうなんて……」と今でも冗談まじりに言われます(笑)
Q:森川さんから見て、ベンチマークやライバルと感じている人、おもしろい取り組みをしている人はいますか?
森川:はい、いっぱいいます(笑)
僕自身、既成概念にとらわれない独自の価値観やスタイルで日本茶に向き合っているという自負はありますが、ここ数年でそういった風潮が一層強まっているように感じますね。
最近も、お茶関連の催事で全国各地のお茶事業者さんたちと知り合わせていただいたんですが、非常にエッジの効いた商品やサービスを提供している人が多くて、ジェラシーを感じました(笑)
若くしてお茶で起業している方たちもいらっしゃって、これまでにないエネルギーを茶業界から感じますね。
「衰退」ではなく「発展への足がかり」。いま、日本茶がおもしろい。
Q:森川さんにとって、日本茶とはどのような存在ですか?
森川:日本茶は、⽇本が世界に誇る宝ですね。同時に、そんな日本の宝をいかにして未来に継承するか?が今後の課題であると考えています。
Q:ちゃばことしての将来的なビジョンを教えてください。
森川:いろいろあるんですけど、まずは日本に魅力的なお茶の産地がある限り、その産地の数だけちゃばこを作っていきたいなと思っています。
そのうえで、海外のお茶でもちゃばこを作るとか。中国茶のちゃばこがあってもいいと思いますし、インドの紅茶を使ったちゃばこも良いと思うんです。
同じ形状、同じ方法で手軽に個性の違いを飲み比べできるのがちゃばこの長所であり、また、それを可能にできるのが“お茶”の懐の深さでもあると思います。
Q:ちゃばこ事業をするなかで日本茶を取り扱う難しさを感じますか?
森川:難しさ以上に、可能性を感じることの方が多いですね。
お茶は栽培適地が広範囲で、産地ごとに品質の高い原料を生産できる人たちが存在します。かつ、原料を粉末や液体などさまざまな形状に変化させる技術も、それらをさまざまな包材や容器に詰めるノウハウもすでにある。
これまで培われてきた技術やノウハウが土台としてあるからこそ、実現できることの幅も広いと感じています。
Q:これからの日本茶の未来はどんなふうになっていくと思いますか。またどのようになっていって欲しいですか
森川:いま、茶業界が全国的に苦境に立たされているのは事実ですが、一方で「このままではいけない」という思いがエネルギーとなり、“作れば売れる”と言われた好況時にはまず考えつかなかったようなアイデア商品やサービスなどが生まれているのも事実です。
そういう意味では日本茶がとても面白い時代だと言えるし、実際にお客様の日本茶に対する興味や関心もここ数年で確実に高まっているように感じますね。
そもそも日本茶は、長い歴史の中で発展と衰退を繰り返しながら今日まで受け継がれてきました。
確かに長く不況が続いていますが、700年以上に及ぶ日本茶の歴史全体からすれば“ワンシーン”です。
今の状況を“衰退”ではなく“発展への足がかり”と捉え、引き続きチャレンジを続けて行きたいと思います。
All photos by (株)ショータイム