《茶✕集まり》消費者はお茶を飲むためだけに存在するのか?消費者にとって「ほどよい敷居の低さ」を消費者として実践し続ける【日本茶アンバサダー協会/満木葉子】

お茶の消費が減っている。 これは生産者や販売者など、お茶に関わる者にとっては緊喫の課題である。しかしこの課題を結局、解決してくれるのは消費者だ。 2015年に設立された一般社団法人 日本茶アンバサダー協会は、お茶のファン(消費者)が自分のできることを通じて、お茶に関わる人たちを底支えすることを目的に創られた協会だ。 ゆるやかなネットワークで、「敷居の低さ」「ほどよい値段」といった裾野を広げるためのキーワードを大切にしながら、活動を続けている。その活動は、松屋銀座での「番茶フェスティバル」やその屋上でお茶を育てる「銀座のお茶プロジェクト」など、一般の消費者の枠を大きく超えた活動も展開している。 日本茶アンバサダー協会ほど目に見える形で活動しているお茶のファン(消費者)の集まりはなかなか見当たらないが、こういった活動をしているグループは、茶飲み友達にはじまり、有形無形で存在している。 お茶に関わる者にとって、このような集まりとのコラボレーションはお茶の消費拡大に直結すること間違いない。 どのような人たちが、どのようなきっかけで、「行動する消費者」となってくれるのだろうか? お茶のファンを増やし、育てつづける日本茶アンバサダー協会代表理事の満木葉子さんにお話をうかがった。 満木葉子(みつき ようこ) 株式会社ねこぱんち代表取締役 一般社団法人日本茶アンバサダー協会 代表理事神戸生まれ、鹿児島育ち。立教大学を卒業後、数社を経て2011年に株式会社ねこぱんちを設立。商品開発や販売促進のサポートを通して“まだ”力を発揮できていないヒト・モノ・コトを応援。キモチをカタチに!2015年に一般社団法人日本茶アンバサダー協会を設立。日本茶アンバサダーの募集・育成、産地や企業・自治体との協働事業創出、イベントやセミナー、講演、執筆を通じて日本茶のファンづくりを行い、生産者と産地のエンパワーメントに取り組む。 良い消費者を増やす。日本一敷居の低い日本茶フェスティバルを運営する日本茶アンバサダー協会 Q:日本茶アンバサダー協会(以下、協会)はどのような協会ですか。 満木:緩やかな協会でしょうか。特に年会費などをいただいてるわけでも活動を強制するようなこともなく、気持ちとかタイミングが合えばいっしょにやりましょうという、会員と会員が有機的に繋がっている協会ですね。 番茶フェスティバルを運営した日本茶アンバサダーと出展者のみなさん“この指とまれ”で、興味のある人に活動に参加していただくという形にしています。私としては一人でも多くの日本茶アンバサダーが日本茶の普及活動に関わることのできる機会をもっとつくっていきたいと思っています。 Q:なぜ日本茶アンバサダー協会という名前にされたのですか。 日本茶アンバサダー協会 代表理事の満木葉子さん満木:日本茶のファンの裾野を広げようと思ったときに、どういう形で、どういうやり方がいいのだろうと考えました。 みんなが“先生”になるのって難しいじゃないですか。時間も経験も必要ですし。そこで思ったんです。 一般の消費者ですから、普段はお茶のことを忘れていてもいい、でも旅先の土産物店でお茶を見た瞬間にふと「私は日本茶アンバサダーだ!お茶買って帰ろう!」と思ってくれるような、そんな人をたくさん増やした方がいいなと。教えるのではなく伝える人、なので「日本茶アンバサダー協会」という名前にしました。 Q:協会の活動内容についてお聞かせください。 […]

《茶✕学び》茶産地から伝えるお茶の魅力。単発で終わらないお茶セミナーでふえる産地の応援団 【八女茶ソムリエスクール/竹中昌子】

日本茶インストラクター制度が始まって20年以上が経過し、各茶産地でもさまざまなセミナーやワークショップが茶摘み時期に限らず、開催されている。 最近では、各茶産地でも「知覧茶アドバイザー養成講座」、「宇治茶アカデミー」、「さやまちゃ塾」といった連続講座も行われるようになってきた。その背景には、「もっとお茶について知りたい」という、お茶が好きな消費者ニーズの高まりがうかがえる。 そういったトレンドのなかで八女茶ソムリエスクールは、「『八女茶』を美味しく楽しく淹れることができる人材を育成する」ために2022年に開講した。 八女茶ソムリエスクールの興味深い点としては、4つのコース(コンシェルジュ、ジュニアソムリエ、ソムリエ、マスターソムリエ)を育成していく意欲的な点である。「ペットボトルのお茶が基本」となった今、「淹れ方」や「その背景にある魅力」を知ることで変わるお茶の味わいをどのように伝えていくかという点は、お茶の可能性を広げるために欠かせない重要なテーマである。 今回、お茶の魅力を「学び、体験する」分野で活躍される、八女茶ソムリエスクール専任講師、竹中昌子さんにお話を伺った。 竹中昌子(たけなか しょうこ) 【TEA FOREST JAPANESE】代表福岡市内の和菓子店にて和菓子職人として勤務時、日本茶を学びはじめ、和菓子店を退職とともに【TEA FOREST JAPANESE】日本茶のイベント会社事業をスタート。NPO 法人日本茶普及協会茶育指導士。一般社団法人日本フードライセンス国際協会和菓子コーディネーターの資格も有し、八女伝統本玉露ブランディングスタッフや NPO 法人日本茶インストラクター協会の福岡県支部理事を兼任。 八女茶ソムリエスクールの立ち上げ。「八女茶の今を楽しむ」イベントがきっかけに Q:八女茶ソムリエスクールについて教えてください。 竹中:八女商工会議所が主催となり、江戸末期に建てられた元造り酒屋の建物をリノベーションしました「八女市横町町家交流館」という歴史的建造物のなかで、日本茶の専門家から八女茶の歴史やお茶の効能、お茶の美味しい淹れ方などを学ぶスクールとなっています。 八女茶ソムリエスクールのなかで「コンシェルジュコース」は、1番最初に誕生したコースで、八女茶をおいしく・楽しく学び、八女茶ファンの輪を広げるということを目的としております。1日完結の内容ですので、観光を含めて八女茶と触れ合う1日をお過ごし頂いています。 コース内容は、午前中は八女茶の歴史や効能、種類や淹れ方などを学ぶ「座学の部」。そして午後から八女茶をワイングラスで楽しんで頂く「呈茶の部」といたしまして、6種類の色々な淹れ方の八女茶を茶会風に味わって頂くという内容になっています。 もう一つの「ジュニアソムリエコース」は、もうワンランク上のコースとなっております。八女茶の特徴やおいしさをより深く理解し、実践的な経験を体験して頂く内容となっています。 例えば、八女茶発祥の地といわれる「八女市黒木町の霊巌寺」に出向きお話をお聞きしたり、茶畑での茶摘み体験や、茶工場を見学して製造過程を学んで頂いたりと、年間時期を変えながら合計6回八女市にお越し頂き、実践的な講習を受けて頂いています。 […]

《茶✕サラリーマン》「茶道」は誰のためのもの?サラリーマンとOLこそが現代の武士。給湯室が「茶室」。【給湯流茶道/ 家元(仮)谷田半休】

お茶好きに「お茶を知っていますか?」と尋ねると、「好きだけど、知らない。」という答えによく出会う。 これは、お茶には、「好き」や「おいしい」だけではすまされない、武道や書道のような日々の鍛錬・修行によって、極める「道」があるという共通認識があるからだろう。 そのようなお茶を現代的な視点でとらえなおす団体がいる。茶道ユニット「給湯流茶道(きゅうとうりゅう・さどう)」だ。 現代の武士とは、企業戦士(サラリーマンとOL)。オフィスの給湯室こそが現代の茶室であると。子供の頃に日々使ったアニメ茶碗で抹茶を点て、茶名には、千利休の「休」の字をもらい、半休、有休、三連休などと名乗る人達だ。 これは、茶道で大切にされている「見立て」なのか?パロディなのか? 2010年より活動を続ける給湯流茶道は、これまでに120回以上のお茶会を開催し、その参加者は茶道初心者から茶人まで2000人を超え、お茶会のテーマも知的好奇心をくすぐるものばかりだ。このような取組は、BBC(英国放送協会)のウェブニュースでも紹介されている。 「抹茶の効能を有閑マダムから、毎日労働と戦う人々に開放せよ。」 現代茶道ムーブメント「給湯流茶道」を牽引する、家元(仮)の谷田半休さんにお話をうかがった。 給湯流茶道 谷田 半休(たにだ はんきゅう) 慶応義塾大学を卒業後、会社員として今も働き続ける。2010年、会社員の「戦場」であるオフィスの給湯室で抹茶をたてる茶道団体「給湯流茶道」を結成。秀吉などの武将が戦場で茶会をしたエピソードを現代に再現し、リストラ、パワハラなどと戦う人の職場で抹茶をたてる。給湯室を飛び出し、ロンドンの弁護士事務所から、廃線になった駅、廃業した純喫茶、道後温泉ストリップ小屋まで、様々な「諸行無常な場」でも茶会を決行。 オフィスの給湯室で茶会を開く「給湯流茶道」 Q:「給湯流茶道」を立ち上げた経緯をお聞かせください。 谷田:「給湯流茶道」立ち上げの最大の理由は、現代のビジネスパーソンには抹茶や茶会が必要だと考えたことです。 戦国時代に茶道が流行したことはご存じでしょうか。 もちろん当時、立派な茶室での茶会も多く開かれていましたが、その一方で、戦(いくさ)に千利休(戦国時代に活躍した有名茶人)を連れていったり、茶道具を戦場に持参して、休戦日に茶会を開いたりしていたというエピソードが残っています。 ではなぜ、武将たちは戦の間に抹茶を飲んでいたのか。 それは、抹茶にはほっとする成分(テアニン)と覚醒する成分(カフェイン)の両方が入っているからだと個人的に考えています。戦士たちは、生きるか死ぬかという場所で抹茶を飲むことで、心を落ち着かせると同時に、自分を奮い立たせていたと思います。 現代を生きる私たちが戦に行くことはありませんが、仕事や子育ては戦と同じくらい過酷なものですよね。武将たちが抹茶を飲んで気持ちを保とうとしていたように、現代人が仕事や子育てと戦う際にも抹茶が役に立つのではないかと考えています。 オフィスの給湯室はもちろん、自宅など、場所はどこでもかまいません。「人それぞれの戦の場で抹茶を飲もうよ」というのが給湯流のメッセージです。 […]

《茶✕心意気》現代の売茶翁は、ヨットとクルマに茶室をそなえ、全国3千キロ以上を旅して茶を振る舞う。次は一万人が待つ世界に出帆。【月帆庵/長谷川秀明】

「茶銭は黄金百鎰より半文銭までくれしだい。 ただにて飲むも勝手なり。ただよりほかはまけ申さず」 これは江戸時代に煎茶を庶民に広めた売茶翁(ばいさおう)の言葉だ。売茶翁は61歳の年、京都でお茶をふるまい始めた(1736年)。 ちょうど売茶翁が生きた頃、隠元禅師が煎茶を伝え(1654年)、永谷宗円が伸び煎茶を発明した(1738年)。この頃、抹茶は上流階級の飲み物だった。そして、煎茶が伝来し、佐賀出身だった売茶翁は、煎茶の魅力を市中の人々にまで広めたと言われている。 その時の売り文句が、冒頭の言葉だ。その意味は、「お茶の代金は、お金があるならありったけから、ほんの気持ちまでいくらでもOK。無料で飲むのもあなた次第。ただし無料以下にはまけません。」だ。 売茶翁が煎茶を広めたから、日本には他国に類をみない庶民のお茶文化が息づいているのかもしれない。そしてお茶が当たり前のもてなしとして広く共有され、「お茶は無料で提供されるもの」となったのかもしれない。 今回、紹介する長谷川秀明さんは、64歳で故郷の東北を離れ、茶室付きのヨットと、これまた茶室付きのキャンピングカーで生活し、全国各地を回りながら、無料でお茶をふるまう活動を続けている。すでに3万キロ以上を旅し、3000人以上の方々にお茶をふるまってきた。 そして、今度は世界各国で1万人にお茶をふるまう計画だ。 お茶は、「おもてなしの気持ちをあらわすもの」だ。本来、値段がつくようなものではない。しかし経済優先の現代においては、そんなことは、特に商売では言ってられない。 長谷川さんの活動は、相手に見返りを求めない、本来の「おもてなし」の精神を「一杯のお茶」に込めて、伝え続けている。 船上や車中生活を続けながら、全国、そして今後世界でお茶をふるまう、現代の売茶翁、長谷川秀明さんにお話をうかがった。 長谷川宗水(秀明)(はせがわ そうすい(ひであき)) 茶道裏千家専任講師。お家元より茶名拝領し茶名は「宗水」。秋田県大館市出身 1954年生まれ 10代後半から国内・海外放浪の旅をし、その間に3度アマゾン・アンデス周辺を探検する。 25歳に帰国後、裏千家へ入門。同時期から木工会社勤務と陶芸を習い始める。 30代後半には「遊野」カヌーと家具を製作し始め、50代後半に秋田県・十和田湖に工房を移転させる。50代で裏千家茶名「宗水」を拝領し、60代からヨットで日本周遊お茶の旅を開始。 著書『チープなヨットライフ 2to』 活動舞台は海と陸。全国をヨットで3万キロ、陸路をキャンピングカーで2万キロ以上を旅しながら、各地で茶をふるまう。目標は1万人。 Q:ヨットと車で全国を回ってお茶をふるまっていらっしゃるのですか? 長谷川:2018年末にヨットを購入して、ヨットに茶室を作りました。ヨットで暮らしながら、全国3万キロを航海し、停泊先でお茶を無料で振る舞っていました。 […]

《茶✕茶室》「茶室」をかついで、世界中の街や自然へ「茶の世界」を広げる。原点回帰の茶室「帰庵」。【稲井田将行・戸田惺山住職】

「茶室」。 「茶の湯」という総合芸術の集大成といえる空間、「茶室」。「茶室」という名前は広く知られている一方、大半の人にとって「茶室」は、その空間に足さえ踏み入れたことのない「聖域(サンクチュアリ)」だ。コーヒーと違って、「お茶はタダ(無料)」が当たり前なのに、その空間(茶室)は聖域という、相反性がお茶の魅力であり、矛盾だろう。 今回、ご紹介する竹の茶室「帰庵(きあん)」は、ミニマルでモバイル性を究極に高めた茶室である。この茶室の総重量は、わずか5.5kg。担いで山も登れるし、飛行機の預け荷物として海外にも持ち出し可能だ。 茶室に庭をわざわざ設けて自然を再現するのではなく、自然の中に茶室を持ち出し、庭にできる。必要最低限の竹材だけで造られたこの建築物は、極めて質素で不完全。しかし不完全こそが「侘び(わび)」の美学が宿る空間だ。 世界じゅうの街や自然に聖域だったはずの茶室をかついで持ち出し、茶の世界を広げているお二人、「帰庵」の考案者・稲井田将行さんと京都・大徳寺大慈院住職の戸田惺山さんに、お話を伺った。 稲井田将行(いないだまさゆき) 1976年 大阪府豊中市生まれ 京都市在住。同志社大学を卒業後、精密機械メーカーを経て、自然と共存した数寄屋建築の魅力に惹かれ、建築の道へ。大本山大徳寺御用達の株式会社山中工務店へ。茶室などにみられる侘び寂び(わびさび)の独特な空間美を世界に伝える為に、一人で持ち運び、組み立てができる竹の茶室「帰庵」をつくる。世界各地で帰庵を建て、自然を感じながらお茶を楽しむ活動をしている。 戸田惺山(とだせいざん) 1967年 京都市生まれ 大徳寺大慈院住職。同志社大学卒。会計事務所に勤務後、仏の道へ。天龍寺、大徳寺の僧堂で5年半の修行生活をおくる。フランス、ドイツでも座禅指導や教会で読経をする。山歩きが好きで、自然を感じながらお茶を楽しめる帰庵でお茶を点て、日本の四季を楽しんでいる。 外でお茶飲んだほうがもっとおいしいんじゃないか。そんな発想から生まれた竹の茶室「帰庵」 Q:「帰庵」の構想のきっかけをお聞かせください。 稲井田:僕は普段仕事でも室内の茶室を造っていますが、造る度に「この室内でお茶を飲んでおいしいのだろうか」と度々思うことがありました。 帰庵を肩に担ぐ稲井田さん 部屋の中で食べるおにぎりより、自然のなかで食べるおにぎりのほうがおいしく感じたりするじゃないですか。お茶も同じではないかと思ったんです。 自然の中でお茶が飲めるといいなと思ったのがいちばん最初のきっかけです。 Q:はじめて稲井田さんから「帰庵」の構想を聞いたとき、戸田さんはどんな印象をもたれたのでしょうか。 戸田:私はおもしろいなと思いましたし、自然のなかでお茶を飲むということをやってみたいと思っていたんですよね。 「市中の山居」というのがお茶の考えにあります。まちなかで生活をしていても、その生活の中に自然を取り入れようとすることです。 大徳寺大慈院の茶室でお茶を点てる戸田住職 大徳寺にも茶室がありますが、建物のなかに茶室があり、自然は要素として外から持ってくるというのが一般的だと思うんです。外からお花をもってきて、それを生けたりだとか。 稲井田さんは自然に自分たちが寄っていけばいいじゃないかと。 普通とは逆転の発想がおもしろくて、ご一緒することにしました。 […]

《茶✕クリエイティブ》クリエイティブの観点から考える日本茶の可能性【REDD inc. / 望月重太朗】

「酒の席でお茶を飲む。」 この場合のお茶とは、「ノンアルコールの飲みもの全般」というニュアンスだが、「お酒が飲めない」のではなく、あえて酒の席で「お酒を飲まない選択」をする人が増えている。 その理由は、体質、体調、気分、飲み会後の車の運転などさまざま。「飲まない選択」は、昔からよくある話で特にめずらしい話ではない。しかし、かつては「消極的な理由」だった酒の席でお酒を「飲まない選択」が、「積極的な理由」になりつつあるのが、最近のトレンドとなっている。 「スマドリ(スマートドリンキング)」と言うキーワードが、2022年、電通とアサヒビールにより設立された「スマドリ株式会社」等を中心に推進されているのもその流れの一つだ。 そして、その源流のひとつに「ソバーキュリアス」というコンセプトがある。 ソバーキュリアス(SoberシラフとCurious好奇心の2語を組み合わせた造語)とは、2010年代初めに始まったムーブメントで、「あえてお酒を飲まない選択」をするライフスタイルのこと。最近ではZ世代の若者を中心に欧米でも広がりつつある。 「あえてお酒を飲まない選択」が広がることにより、「酒の席(パーティー)」は、これまで夜&屋内から、昼間&屋外にも広がっていくだろう。 ノンアルコール飲料の国内市場が3000億円を超えるという試算もある中、お茶にはどのような可能性があるのだろうか? 「あえてお酒を飲まない選択」の先にお茶の可能性を見出し、すでにさまざまな活動に着手しているお一人である望月重太朗さんにお話をうかがった。 望月重太朗(もちづき じゅうたろう) 2003年、博報堂アイ・スタジオ入社。2019年1月、デザインR&Dをテーマとした会社 REDD inc. 設立。主にデジタルを中心としたクリエイティブディレクション、アートディレクション、未来洞察からのストーリーライティングを軸に様々な企業や商品のプロモーション/ブランディングの企画立案・制作に従事。前職ではR&D部門を率い、Pechatなどを始めとした120を超えるプロトタイプ、新規プロダクト/サービスを開発。また2018年よりフードリサーチプロジェクト「UMAMI Lab」の活動を開始し、日本の各地域でワークショップの実演や大学機関との共同セミナーなどを実施。さらに海外にも活動領域を拡げ、SXSW(アメリカ)やBorder Sessions(オランダ)で「旨味」をテーマにしたイベント開催やワークショップを行う。その他活動として、武蔵野美術大学 非常勤講師、Border Sessions 2019 & 2018 […]

《茶✕冷凍保存》一年中、新茶の香りが楽しめる!?蒸したての生葉を冷凍保存し、店頭で製茶。冷凍茶葉がひらく新たな可能性。【売茶中村/中村栄志】

人類がお茶を飲むようになって、数千年。その間、今に至るまで茶葉は乾燥して保存されてきた。この50年、冷凍技術が進化・普及し、グローバルなコールドチェーン(低温物流)が実現した。外国産の生肉がスーパーに並び、家には必ず冷蔵庫がある。しかし今も昔も茶葉は当たり前のように乾燥して保存されている。 これまでも冷凍保存した茶葉の活用事例はもちろんある。例えばこの30年、各茶産地における手揉み製茶保存会の復興がみられるが、この理由の一つとして、手揉み製茶の練習用に冷凍茶葉が手軽に使えるようになったことも挙げられるだろう。 今回フィーチャーする売茶中村では、冷凍茶葉の可能性をさらに進化させている。「売茶中村」では、全国の茶産地から蒸したての生葉を集め、冷凍保存している。茶葉を販売する店舗内で、冷凍茶葉を年中製茶し、来店者は、これまで旬の茶産地でしか体験できなかった新茶の香りを嗅ぎ、製茶を体験し、購入することが、年中できるようになった。 これまでブレンド茶しかなかった日本茶の世界において、シングルオリジンの日本茶が浸透しつつある今。売茶中村は、さらにその先にある価値を探求しているといえる。 旬の茶工場でしか嗅ぐことができなかった「新茶の香り」。現代の冷凍技術を取り入れ、年中できたての新茶の香りを楽しめる「売茶中村」の挑戦をうかがった。 中村栄志(なかむら えいじ) 1991年、京都府宇治市の茶商の家系に生まれる。大阪の大学卒業後、鹿児島県霧島市の茶農家[西製茶工場]で6年半に渡り、茶の栽培・製茶・販売に携わる。2022年10月、京都・宇治で喫茶に冷凍茶葉の茶工場を店内に有する日本茶専門店[売茶中村]をオープン。 製茶したてのお茶を味わえる、唯一無二のお店 Q:[売茶中村]はどんなお店ですか? 中村:京都府宇治市、平等院から歩いて1〜2分ほどのところにある、小さな製茶場と喫茶を併設したお茶の専門店です。 このお店をひと言で表現すると、煎茶が出来上がるさまが目の前で見られる場所。多くの人にとって、今までにないお店だと思います。 煎茶は、茶畑から摘んだばかりの柔らかい新芽を蒸して、揉みながら乾燥させて作られます。揉んだばかりのお茶を味わえるのは、これまで製茶場で働く人だけでした。 実は僕自身、初めて乾燥機から出てきたばかりの新茶を味わったとき、一般的に売られている新茶との違いに驚きました。爽やかで、どこかワイルドさも感じられて、しかも茶葉はなめらかであたたかい。そこには、自分が知らないお茶の世界が広がっていたのです。 店内で製茶中のお茶[売茶中村]では、これまで製茶場で働く人の特権だった「新茶:製茶したてのお茶(揉んだばかりのお茶)」を味わっていただけます。 [売茶中村]で味わっていただける新茶は、一般に出回っている新茶と鮮度がまったく違います。製茶したてのお茶は、新茶が出回る時期でもめったに飲めない、フレッシュな味がするんですよ。しかも一年中、どんな時期でも製茶したての新茶を味わっていただけます。本物志向の方や上質でおいしいものを好む方に、ぜひお試しいただきたい味です。僕はこの味を広く知ってもらいたい一心で、喫茶に製茶場を併設させました。 店内に並ぶ製茶用の機械たちさらには、普通ではまず見られないようなお茶づくりの裏側を、すぐそばで見られるのも[売茶中村]の魅力です。新茶の香りや音、「誰が/どのようにつくっているか」「なぜこの味になったのか」を知ってもらえる、唯一無二のお店だと自負しています。 製茶中の茶葉を触ったお客さんは「製茶したてのお茶ってあったかいんや!」「こんなにしっとりしてるん?」と驚かれますね。 Q:[売茶中村]は、技術的に大変難しいとされる「冷凍茶葉」を取り扱っていることで業界内からも注目されていますね。 中村:ありがとうございます。「うちもやってみたけれど、挫折したよ。すごいよね」と言ってくださる方もいますね。 僕も今のスタイルにたどり着くまでは、いろいろと試行錯誤しましたし、本当に大変でしたね。やっぱり、きちんと冷凍しないと、どうしても茶葉が傷んでしまいますから。さまざまトライする中で「手揉みくらいの量ならば冷凍できる」「少量製茶機ならうまくいきそうだ」ということがわかったことがブレイクスルーになりました。 [売茶中村]では、5月に摘んだ茶葉をすぐに蒸し、急速冷凍して保管したのち、使う分だけを解凍し、熱をくわえながら揉み込み乾燥させて揉みあげています。完成した茶葉は色もきれいですし、新茶の香りもしっかりと残っているんですよ。 […]

日本茶マスターコース 2023年10月

第二回日本茶マスターコース2023が10月に開催されました。たくさんの面白いお茶ツアーと数え切れないほどのお茶で、まさにお茶三昧でした! 4つの大陸から参加した12人の生徒は京都に集結しました。皆さん個性豊かで、何人かはすでにお茶のお仕事をされている方でした。おもてなしやアカデミアといった面からお茶と関わられている方、何か新しいことに挑戦したくて参加した方もおられました。彼らは2週間一緒に日本茶と日本のお茶文化を勉強しました。 そしてもちろん、たくさんの学びがそこにはありました!このコースは授業と茶園訪問の連携コースでした。私たちは著名なお茶のプロの方々に来ていただき、彼らの経験と知識を披露していただきました。生徒たちは伝統的な手動お茶揉み機を体験し、煎茶道(煎茶版の茶道)にも参加しました。そして、お茶研究機関を訪れたりとたくさん体験する機会がありました。数えきれないお茶を毎日いただき、2週間はあっという間に過ぎました。 これは2023年最後のマスターコースでしたが、私たちはまた2024年に開催する予定です。詳細はまた近いうちに!お見逃しなく〜