《茶✕大型施設》年間来場者数100万人を目指して。お茶を体験できる商業施設は、生産者と消費者の理想と現実を近づけるハブになれるのか? 【KADODE OOIGAWA】

日本最大級のお茶を体験できる商業施設KADODE OOIGAWA。KADODE OOIGAWAは、JA大井川、島田市をはじめ地元4者が連携し、創設された。

お茶関連の事業としては破格の巨大プロジェクトだ。

5年の構想を経て、コロナ禍真っ最中だった2020年11月に開業。オープンより2年半で、来場者数200万人を突破した。

このKADODE OOIGAWAのある島田市は、日本を代表する茶産地。1300haを超える茶畑が広がり、生産されるお茶の大半は、急須で淹れる「深蒸し煎茶」だ。そして施設運営者であるJA大井川の組合員には多数の茶農家がいる。もちろん茶農家にとって深蒸し煎茶が売れるのが一番の理想だ。

しかし年間100万人の来場者にとって、お茶はペットボトルが基本で、急須を持たない家庭も多いのが現実だ。

つまりKADODE OOIGAWAには、日本茶の理想と現実が凝縮されている。この理想と現実のギャップを埋めるため、構想段階から議論が積み重ねられ、ここにはたくさんの工夫が詰まっている。

たとえば、煎茶の奥深さを知ってもらうための「16種の煎茶飲み比べセット〜GREEN TEA MANDARA」や「緑茶B.I.Y.スタンド」、お茶を選べない人のための「緑茶診断」。製茶工程を体験できる『緑茶ツアーズ』、お茶漬け、緑茶バーガー、お茶ラーメンなど、数え切れないほどの工夫が散りばめられている。

年間100万人の来場者とさまざまな理想と現実が交錯するKADODE OOIGAWAを運営する皆さんを代表して、岡本さんと太田さんのお二人にお話を伺った。

岡本正寛(おかもと まさひろ)
大学卒業後、新卒で大井川農業協同組合に入組し、総合事業体を活かした多様な職務を経験。金融・共済事業を中心とした営業、管理業務を行い、その後は、出向経験による地方創生事業に関わる。ここでJA、行政、民間が連携する新プロジェクト「体験型フードパークKADODE OOIGAWA」の開業に携わり、開業から2年6ヶ月で来場者数200万人を突破させる。
太田昂甫(おおた こうすけ)
大学卒業後、お茶の小売店に入社し3年間の経験を積んだ後、実家の茶農家に就農。現在は、緑茶・農業・観光の「体験型フードパークKADODE OOIGAWA」に入社し、主に売上管理やお茶体験ブースのキャンペーン、イベント企画、お茶カフェのメニュー開発等、お茶エリアを中心に担当する。岡本同様のプロジェクトに参画し、開業から2年6ヶ月で来場者数200万人を突破させる。

地域観光のハブに。お茶・農作物・観光・遊びすべてを体験できる場所

Q:KADODE OOIGAWAの事業内容について教えてください。

岡本:地元のJA大井川が「農業振興」と「地域活性化」を目的に始めたプロジェクトで、この施設をハブとして静岡県全体をPRしていこうと、さまざまな事業を展開しています。大井川農業協同組合、島田市、大井川鐵道、中日本高速道路㈱ の4者連携事業で、県内最大級のマルシェでもあります。

具体的には緑茶・農業・観光の体験型フードパークとして、マルシェ、直営レストラン、カフェ、キッズパーク、テナント店舗の運営をしています。

門出ソフト大人気の門出ソフト、こちらももちろん日本茶を使ったもの
マルシェでは、地元の生鮮野菜、肉や魚、そして大きな売り場でのお茶の販売などをしていますし、テナントでは地元のソウルフードのお店やパン屋さん、直営レストランでは地元の食材を使った野菜ビュッフェやフルーツを使ったジェラートなどが好評です。

緑茶ツアーズ日本茶の製造工程が体験できる人気のサービス「緑茶ツアーズ」
あとはお茶の製造工程が体験できる「緑茶ツアーズ」や自分にあった究極のお茶が気軽に楽しめる「緑茶B.I.Yスタンド」(※B.I.Yは、Brew It Yourselfの略で「自分でお茶を淹れる」の意味)といった緑茶体験もとても人気です。

KADODE OOIGAWA広々とした子どもの遊び場
また、子どもの遊び場も併設していて、ここにくると地域の良さがまるごと体感できるような施設になっています。

KADODE OOIGAWAが目的ではなく、ここを拠点として、近隣のいろんなところに行ってもらい、地域全体を楽しんでもらいたいという想いもあるので、そういった連携も進めています。単発、単発では弱くても、エリア全体で連携して売っていくと、けっこう強くなると思うんですよね。

緑茶・農業・観光の体験型パークKADODE OOIGAWA

Q:KADODE OOIGAWA立ち上げの経緯を教えてください。

岡本:きっかけは主に2つあります。

一つめとしては、KADODE OOIGAWAのある地域が静岡県の内陸フロンティア推進区域に指定されたんです。様々な機能を内陸へ移動させようということで、交通の結節点である新東名・島田金谷IC周辺を活性化させる取り組みが始まりました。

その取り組みの一環で、まずはファーマーズマーケットをオープンしましょう、ということになったんです。

KADODE OOIGAWA写真後方に見えるのが新東名高速道路。
そして二つめが、当時のJA大井川の池谷組合長のリーダーシップですね。

JA大井川としては、農家さんの高齢化や耕作放棄地の拡大などたくさんの課題がある中で、ファーマーズマーケット+レストランとして展開することで、地元の美味しい食材を食べてもらったり、規格外の野菜などを加工して提供し、フードロスを削減しようという狙いもありました。

Q:実際に立ち上げてみて、どう感じていますか?

岡本:立ち上げ当時はJA大井川の主力であるお茶の価格がどんどん下がってきているのが悩みで、お茶の新しい戦略を模索している時期でもあったんです。なので、いまこうして日本最大級のお茶マルシェに成長して、お茶の販路を広げられたというのはとても大きいですね。

また緑茶体験などを通して、お客様から「緑茶ってこんなにも奥深いのね」「ペアリングもやってるの」「お茶ってこんなにおいしかったんだ」という声もいただいております。お茶に関心を持ってもらえて、喜んでもらえるので、やって良かったなと感じています。

太田:岡本と同じで、「お茶がおいしくていつも飲んでます」といったお客様の声を実際に聞くことができるのは、嬉しいですね。ただその反面、お茶農家さんやお茶屋さんにまで、この波及効果が届いてないため、苦しいという声を聞き、そこにはギャップを感じています。

もっとお茶好きの方を増やして、茶業界全体が盛り上がっていくようにしていくことが次の課題ですね。

手軽にいいものを。お客様に基準を合わせた商品開発や見せ方の工夫

Q:お茶を楽しんでもらうために工夫していることはありますか?

太田:お茶の基準をお客様に合わせていかないといけないというのは強く感じています。いまの時代、急須を持っている方も少ないので、そうなると茶葉よりもティーバッグで売っていこう、という流れになりますよね。

ティーバッグ良い品質・グレードの茶葉をあえてティーバッグ用にしているというKADODE OOIGAWAのティーバッグ
ただティーバッグは、これまで出物(でもの:茶葉の選別時に取り除かれる粉茶や茎などの副産物)で作るもので、あまりいいイメージがなかったりもするんです。しかし、KADODE OOIGAWAでは急須で淹れるようなグレードの茶葉をあえて、切断して細かくし、ティーバッグ加工することで、本格的なお茶を手軽に楽しめるような工夫をしています。

岡本:ティーバッグやB.I.Y体験などは「手軽にいいものを飲めるきっかけ作り」だと考えています。そこがきっかけとなって、このおいしいお茶の製造工程はこうなっているんだ、こんなに奥深いんだ、ということを知ってもらえればなと。

コンビニのコーヒーのように、最初の入口のハードルをどう低くするかが大事だと思っています。なので、湯温と蒸し時間だけで自分好みのお茶を16種類から選べる「GREEN TEA MANDARA」を用意したり、性格診断のような「緑茶診断」や、運だめしでお茶が決められる「茶みくじ」を作ったり、できるだけ簡単にお茶に触れられるように設計しています。

これらの様々なしかけのキーワードは「いまだけ、ここだけ、あなただけ」ですね。「GREEN TEA MANDARA」の中にも16種類のお茶の情報がありますが、「あなたが主役で、あなただけの体験、あなただけのお茶ですよ」というメッセージで、興味をそそられるような楽しさや見せ方の工夫などを意識しています。

Q:KADODE OOIGAWAイチオシの商品やサービスはありますか?

緑茶ラーメン緑色の麺が特徴的な「緑茶ラーメン」
岡本:「レストラン」「緑茶体験」「静岡土産」という3本柱でやっています。3本柱に共通して言えるのは、あらゆる形でお茶にからめているという点です。お茶のペアリングもやっていますし、緑茶ソフトクリームや抹茶を練り込んだラーメン、緑茶バーガーなどのメニューもあります。何かしらお茶にからめて、静岡らしさを表現しています。

B.I.Y体験B.I.Y体験の様子
B.I.Y体験B.I.Y体験では最後にKADODE OOIGAWAオリジナルのボトルにお茶を淹れて持ち帰ることができる
太田:私のイチオシとしては、緑茶体験ブース「緑茶B.I.Yスタンド(※Brew It Yourselfの略で「自分で淹れる」の意味:以下、B.I.Y)」と、茶葉になれる「緑茶ツアーズ」ですね。

B.I.Yでは、最終的にお茶を買ったあとも、ご自宅でご自分でお茶を楽しんでいただけるようになることを目的としています。そのため、B.I.Yでは16種類あるお茶の中から自分の好きなものを選ぶところから始まり、お茶を淹れるというプロセスをお客様自身で体験していただきます。

また「緑茶ツアーズ」では、蒸しや火入れ、揉みや乾燥といった製茶の工程をお客様自身が茶葉になって体験してもらえます。通常ではできない体験もあえて取り入れています。

新東名を走るなら寄り道したいKADODE OOIGAWA。そんな存在を目指したい。

Q:将来のビジョンや計画を教えてください。

岡本:まずは2024年度の目標として、単年度100万人来場の施設という大台をクリアしたいです。2023年度はおそらく93〜94万人着地でちょっと届かなそうなんです。

あとは、5年以内にKADODE OOIGAWAの存在を静岡県内に浸透させ、それ以降は新東名ゴールデンルートのちょうど中間地点にある立地を活かして、近隣の愛知、山梨、岐阜、神奈川、東京といった地域のお客様に立ち寄っていただく施設を目指しています。

MANDARAMANDARA16種コンプリートセット
また、地域文化や工芸品、食などと組み合わせた静岡ツアーの中に緑茶体験も組み込んで、インバウンドのお客様にも提供していきたいです。

お茶に特化した目標だと、農家さんの所得向上につながることを最終目的に、JAと連携を図り、単価を上げたり、販売数を増やしたり、あるいは観光農園や農家民宿を始めたりといった新しい事業展開も考えていきたいですね。

太田:KADODE OOIGAWAの来場者が増えることで、地域が活性化して、地域住民、生産者、みんながWin-Winになってどんどん上がっていくような状態を目指したいですね。

茶業界はなかなか厳しい状況が続いていますが、生産者さんが事業をうまく続けられるように、当施設でもお茶を適正価格で販売するなどの工夫をやっていきたいです。

Q:そういった目標に対して、今はどこにいると思いますか?

岡本: KADODE OOIGAWAの知名度は、少しずつ上がっていることは実感しています。ただ静岡を代表するお茶として、例えばホテルや静岡空港の機内でお茶として使っていただくなどにはいたっていません。静岡を代表するお茶体験やお茶の売り場と言われるところまで行きたいですね。

いまのところ静岡県内で「KADODE OOIGAWAを知っていますか?」と聞くと、10人中2、3人が知ってるくらいの知名度かと。人口の多い浜松市や静岡市などにもまだまだ誘客の余地があると思いますし、いまは3年目なので、5年目には静岡県内ではだれもが知っている施設、だれでも知っている体験にしていきたいと考えています。

太田:実際、KADODE OOIGAWAができて、お茶農家の生活がガラッと良くなったのかというと、まったく変わっていないのが現状です。むしろ、茶葉の単価は下がっているので、お茶農家さんにとってはなかなか厳しい状況です。

ですので、KADODE OOIGAWAとしても、積極的にお茶農家さんに来てもらって、お茶農家さんにしっかりと売り上げを作ってもらう方法も考えているところです。

Q:岡本さんや太田さん、KADODE OOIGAWAのメンバーはどんな人ですか?

岡本:この3年間、色々と人の入れ替わりもありました。でも「地元が好きだから、その良さを発信したい」、「お客様の笑顔が好き」、「お茶がおいしいって言ってもらえることに喜びを感じる」など、志が高く、コミュニケーション能力のある人は、変わらず、ずっと残ってくれています。

太田:地元が好きな人や、地域活性化といった目的意識が高い人ばかりがいる職場なので、みんなで楽しく働けています。

Q:岡本さんや太田さんにとって、お茶はどんな存在ですか?

岡本:静岡県民ですからね、食事のときにはいつも緑茶が出てきます(笑)すごく当たり前のものですね。切っても切れない、日常にあるものですかね。静岡といえば、パッと思いつくのは、お茶と富士山ぐらい。KADODE OOIGAWAにとって、お茶はいつも中心にあります。

茶畑茶畑の横をSLが走っているのがなんとも静岡県らしい景色である
太田:自分は茶農家でもあるので、自分の中では、お茶っていう存在が当たり前のものなんです。でも、お茶を飲む習慣が減り、お茶を作る人も減って、茶畑の景観も崩れ始めている。「お茶」イコール「自分が生まれ育った景色」そのものなので、そこが消えてしまうことへの危機感は、すごく感じています。

Q:お茶を扱う難しさを感じますか?

太田:「お客様が来たら、お茶を出す」という、おもてなしの文化があるじゃないですか。そのことで、どうしても「お茶は無料で飲めるもの」という意識が定着してしまっていることが難しいところですね。

コーヒーとか紅茶なら500円~600円くらいすぐ払えるのに、なぜか緑茶になると急に財布のヒモが固くなって「タダじゃないの?」って言われてしまうんです。

KADODEOOIGAWA一杯一杯淹れるお茶の価値を広めたい

岡本:特に新茶の時期は困りますね……。JAの店舗などでは、昔から新茶の到来を祝うために無料でお茶を提供するんですよ。

無料で提供するとそれで満足してしまうので、KADODE OOIGAWAでは無料のおもてなしはあえてやらないようにしています。でもお金を払っていただいて、美味しいお茶を飲んでいただくことの難しさは日々感じていますね。

Q:茶業界のこれからの未来はどんなふうになっていくと思いますか?またどうなって欲しいですか?

太田:このままいくと、茶業界全体はどんどん衰退して、お茶農家も、お茶屋さんもお茶に関係するものはどんどん減っていくと思います。

そうした中で、生き残ってくるのはKADODE OOIGAWAを含め、お茶をただ飲み物としてだけでなく、そこに体験や引っかかりポイントを加えて提供できるような農家さんや業者さんではないでしょうか。

例えばお茶農家さんだと、茶工場見学とか、茶摘み体験とかいろいろできているところはやっぱり強いです。

緑茶ツアーズ子どもから大人まで楽しめる緑茶ツアーズ
お茶屋さんでも、合組(ごうぐみ:ブレンドの意味)体験とか、お茶の選び方や淹れ方体験を行なったりしていますよね。KADODE OOIGAWAでも子ども向けの体験を用意したりしていますが、茶葉の販売以外のところで、お客さんを楽しませる工夫ができていないとなかなか厳しいですよね。

岡本:自分も太田さんと似た感じですが、「お茶は日本人にとって欠かせないもの」というところを守っていきたいですね。

静岡では、地元の小学校で蛇口をひねると緑茶が出る小学校もあるんですよ。そういうことを続けつつ、地元のお茶に対する地域外の情勢もつねに行政も含めて農協も把握して、しっかりお茶文化の継承をしていく必要があると感じています。

あとは、お茶体験であったり、製茶工程を見せたり、お茶の違いをわかりやすく表現したり、飲み物としてだけじゃないお茶の付加価値をどうつけていくかがやっぱり大事になってくると思います。

All photos by KADODE OOIGAWA